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戦争が始まるとき、民衆もその戦争を支持している~80年前の敗戦の教訓と現代のわたしたち

 1945年8月に日本がポツダム宣言受け入れを表明し、第2次世界大戦は終結しました。それから80年の年、2025年が終わります。
 「敗戦80年」を新聞、テレビのマスメディアも様々に報じました。戦争を直接体験した世代がまもなくいなくなることから、「70年」や「60年」の時よりも、戦争体験の共有、継承にはっきり焦点が定まっていたように感じました。敗戦から15年後の1960年の生まれのわたしよりも、はるかに若い世代の記者、デスクたちが報道に真摯に取り組んでいるさまに、意を強くしました。
 しかし、それでは「戦争に反対」との意思が日本の社会全体で共有できているかと言えば、極めて危ういと感じます。
 その危うさを端的に言えば、ことし10月に就任した高市早苗首相が、あけすけと言っていいほどに軍事力増強に前のめりの姿勢を見せているのに、内閣支持率が極めて高い水準を維持していることです。
 高市首相は最近では日本の軍事力増強に関連して「継戦能力を高めていかなきゃいけない」と公言しました。共同通信社が12月23日に開催した加盟社編集局長会議でのゲストスピーチです。論理的に考えれば、「継戦能力」の言葉を使うには、戦争を始めることができる能力があることが前提でなければなりません。そうでなければ、「戦争、戦闘を続けられるかどうか」には意味がありません。つまり高市首相は、いつでも戦争を始められる軍事力、始めた戦争は長く持続できる軍事力の整備を目指す、との考えを披露したも同然です。わたしは、高市首相が掲げているのは「戦争準備」にほかならないと受け止めています。
 新聞やテレビのマスメディアは、そうした高市首相の実像をかなりの程度、報じてきています。マスメディアを通じなくても、後掲のように首相官邸のホームページで首相の発言は知ることができます。その発言が何を意味するのかは、一人ひとりの想像力の問題でもあるだろうとも思います。
 「戦争準備」を半ば公言してはばからない首相が敗戦から80年の節目に登場し、しかも高い支持を得ている。そこに、80年前の敗戦の教訓は受け継がれているのか―。それが、わたしが感じる「危うさ」の本質です。
 80年前の敗戦の教訓とは、二度と戦争をしない、してはいけないということに尽きるのだと思います。東京をはじめ日本中の主要都市が空襲で焼かれ、沖縄の地上戦、広島、長崎への原爆投下でおびただしい住民が一方的に命を奪われた末に敗戦を迎えたときに、生き残った先人たちは、「二度と戦争をしない」と思ったはずです。その思いが、戦争放棄だけでなく戦力の不保持を規定した日本国憲法に結実しました。しかし、この平和憲法も、「戦争準備」の高市首相が今後も高い水準の支持を維持するようなら、存続するのは危ういでしょう。
 留意すべきは、高市首相の「戦争準備」それ自体もさることながら、その高市首相を支持する人たちがこんなにも多くいることです。高市政権は民主主義の手続きにのっとって、合法的に成立しています。「戦争準備」もそのこと自体は合法的に進みます。つまりは、「戦争準備」は日本社会の民意が自ら選び取る道だということです。個々人が高市首相を支持しているかいないかは、原理的には意味がありません。高市首相について「戦争準備」を支持しているのではない、といったことも、同じように意味がありません。
 実は80年前に日本の敗戦で終わった戦争も、始まった当時は、日本社会の民意は支持していました。例えば1937年に日中戦争が始まった当時、新聞社が戦争をどんな風に扱っていたか、今年8月、このブログでも紹介しました。
※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

 上記の過去記事で紹介している当時の新聞社のポスターを改めて紹介します。1937~39年当時のものです(出典は会場で購入した図録です)。
 戦況をいち早く報じることが、新聞社に利益をもたらしました。民衆が戦争を支持していたことと表裏一体です。

 戦争が始まるとき、実は民衆もその戦争を支持していることは、多かれ少なかれ、全ての戦争に共通して言えることだと感じます。それこそが、先人のおびただしい犠牲の上に残された、もっとも大事な教訓です。そのことに思いをはせるなら、戦争を防ぐための課題も明らかです。歴史を知り、戦争につながるすべての動きに敏感であること、その動きを決して容認しないことです。社会で共に生きる一人一人の想像力の問題でもあると思います。軍事力の増強で戦争を防ぐことはできません。このことも歴史の教訓です。

※参考過去記事

 このブログの10年前の記事です。ヘルマン・ゲーリングと伊丹万作の2人が遺した言葉が今日、重要な意味を持っていると感じます。ナチスの大立者のゲーリングはドイツの敗戦後、「一国の指導者が国民を戦争に駆り立てるのはいとも簡単なことで、攻撃されつつあると国民をあおり、平和主義者に対して『愛国心が欠けている』と非難すればよい」と喝破していました。伊丹万作は日本の敗戦直後、「だまされることの罪」を論じていました。どうぞ、お読みください。

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 この1年、当ブログを訪問いただき、ありがとうございました。
 新年もよろしくお願いいたします。

※参考
 高市首相が12月23日、共同通信社の加盟社編集局長会議で話した内容が、首相官邸のホームページに掲載されています。「継戦能力」に触れた部分を書きとめておきます。
https://www.kantei.go.jp/jp/104/actions/202512/23kyodo.html 

 そして防衛力、これもやっぱり安全保障環境は相当変わってますんで、これはもう日本の主体的判断によって強化していく必要があると思ってます。特に何の環境が変わったかといったら、2022年に国家安全保障戦略取りまとめました。あのときからどう変化したか。やはりロシアのウクライナ侵略によって私たちは様々な映像見ますよね。ドローンによるスウォーム攻撃、こんなことがどんどん起きるんだと。こういうことにどうやって日本は備えていくのか。こういうところが大きな変化でございますので、戦略3文書の改定に向けた議論も進めます。一回ああいった紛争に巻き込まれてしまうと、少し継戦能力、かなり長期にわたってますね、ウクライナでも戦争と。継戦能力を高めていかなきゃいけない。
 でも、その財源をどうするのだということで、既に決定しています2026年4月から、たばこ税と法人税引き上げるということはもうこれは既に決まっていますけれども、2027年1月からですね、次の1月から所得税に1パーセント上乗せするということにしたのですけれども、2027年1月から、所得税には1パーセント上乗せになるのですが、同時に復興特別所得税はちょっと期間を長くして同率引き下げますので、足元で家計負担は増加しないようにしてまいります。

 




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