トランプ米大統領が10月27日に来日し、29日朝まで滞在しました。初日は天皇と会見。高市早苗首相は28日に初めての日米首脳会談を行いました。日本が軍事力の抜本的な強化と軍事費増に取り組む決意を伝え、「日米同盟の新たな黄金時代をともに作りたい」と表明したと報じられています。その後、大統領専用ヘリに同乗し、米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)に入港中の米原子力空母ジョージ・ワシントンを訪問。大統領は米兵らに「日本史上初の女性首相」「この女性は勝者だ」「素晴らしい新首相を尊敬している」と紹介。高市首相はその場でも、日本の軍事力の抜本的な強化の決意を口にし、「トランプ大統領とともに世界で最も偉大な同盟になった日米同盟をさらなる高みに引き上げていく」(産経新聞)と述べました。
「黄金時代」「世界で最も偉大な同盟」とは、何がどうだというのか、具体的な内容を伴っていません。軍事について言葉だけが過剰に踊っている印象があり、極めて危ういと感じました。加えて、強烈な違和感を覚えたことがあります。二人の首脳の間でしばしば「アベシンゾー」の名前が口に上ったことです。
■「後継者」
就任から1週間。首相としての実績もなければ、おそらくは語れるだけの自分の言葉もなく、あるのは「安倍晋三元首相の後継者である」との自負。土産に安倍元首相が愛用していたというパターまで用意。会談の冒頭では「安倍氏に対する長きにわたる友情に感謝している。安倍氏からはよく大統領のダイナミックな外交について話を聞いていた」(読売新聞)と、元首相の思い出話から切り出したと報じられています。
安倍元首相を前面に出し、その甲斐あってなのかどうか、首脳外交は順調に、なごやかに進んだかのようでした。良くも悪しくもハイライトは、空母ジョージ・ワシントン艦内でトランプ大統領と並び立ったシーンだろうと思います。その情景を新聞各紙がどのように描写したか、少し書きとめておきます。演台の後ろには「力による平和=Peace Through Strength」の大きな垂れ幕が掲げられていました。
米海軍横須賀基地の米原子力空母ジョージ・ワシントンの艦内。米軍兵らを前に演説していたトランプ氏は「この女性は勝者だ」と首相を壇上に招いた。首相の肩を抱き「日本の歴史上初の女性首相だ」と紹介。笑顔の首相は右拳を挙げて小躍りしながらぐるりと回り、拍手を浴びた。(朝日新聞)
トランプ氏は空母ジョージ・ワシントン内に設けられた舞台での演説の途中、「この女性は勝者だ」と首相を紹介。肩に手を回しながら「素晴らしい新首相を本当に尊敬している」と語ると、高市氏は「イェーイ」と右手を突き上げて歓声に応えた。首相周辺は「関係構築できたという点で100点満点だ」と振り返った。(読売新聞)
首相周辺が「100点満点」と評するほど、トランプ大統領に最大級の賛辞をもらい、高市首相は安堵したのかもしれませんし、自信も深めたのかもしれません。毎日新聞は29日付の朝刊1面トップに、トランプ大統領と並んで立ち、右の拳を突き上げる高市首相の写真を載せています。
「米大統領との信頼関係」と言えば聞こえはいいですが、会談に実質的な内容はどこまであったのでしょうか。トランプ大統領と言えば、極端なまでの「自国第一」で、長年にわたって築かれてきた国際秩序を揺るがしている人物であり、米国内でも分断と対立の根源のような存在です。国と国との関係で軽視できない相手ならなおのこと、一定の距離を保ち、時に異論を口にすることもいとわず、時に諭す側に立つことも必要だろうと思いますし、それでこそ首脳同士の信頼関係ではないのかと感じます。今後の日米関係に危うさを感じます。
高市首相が安倍元首相との近さをアピールしたことについて、産経新聞は「『黄金時代』へ絆を固めた」との見出しの28日付の社説の中で以下のように評しています。
首相はトランプ氏との関係を良好な形でスタートさせた。トランプ氏の好意的な言動は、高市政権の政治姿勢を評価しているのに加え、首相を安倍元首相の「後継者」と見ているからでもあるだろう。トランプ氏と盟友だった安倍氏は没後も日本外交に貢献している。
「安倍政治」を是とする立場なら「没後も日本外交に貢献」との評価になることに、なるほどと思いました。しかし、「安倍政治」の功罪を見極めようとするなら、必ずしもそうした評価にはならない。むしろ、死してなお、その影響力が無視できないことは、今の日本政治の危うさでもあるのではないかと感じます。高市政権は「安倍政治」を超えることはできないのではないでしょうか。
■東京の空と沖縄の空
「安倍政治の呪縛」を離れても、28日の高市首相の行動は、軽視できない問題をはらんでいます。
大統領専用ヘリへの同乗も、米空母でのスピーチも、日本の首相の米国訪問時のことなら理解できます。あるいは自衛隊のヘリに大統領を乗せる、自衛隊の護衛艦に大統領を招くのなら、外交儀礼として不自然ではないように思えます。しかし、自国内でありながら、自国の主権が及ばない軍用機、米国の軍事力の象徴である原子力空母に同行し、しかもそこで日本の軍事力の強化を強調した一国の首相の姿は、海外からはどのように見えているでしょうか。艦内には「力による平和=Peace Through Strength」の大きな垂れ幕がありました。日本の周辺の軍事的緊張を高めることを危惧します。
大統領専用ヘリへの同乗には、日本社会にとっても深刻な問題を提起している、とわたしはとらえています。
トランプ大統領が日本滞在中の移動に使った拠点の一つは、東京都心、港区の米陸軍赤坂プレスセンターのヘリポートです。日本の主権が及ばない米軍専用施設、米軍基地です。ここを離着陸する米軍ヘリが自在に首都東京の上空を飛べるのは、日米安全保障条約と地位協定があるからです。港区が長年にわたって返還を求めているのに、米国は応じません。日本政府も返還に真剣な姿勢は見られません。80年前の敗戦以来の軍事占領が、法的な位置づけを変えながらも実態としてはそのまま続いています。まさに沖縄の在日米軍基地と同じです。世界一危険な軍事基地と称される普天間飛行場などがあり、騒音や事故の危険と常に隣り合わせになっている沖縄の空と、東京の空はつながっています。
そんな場所から、日本の首相が米軍の最高司令官である大統領と共に米軍のヘリに乗り、在日米軍基地に停泊している米軍の空母に向かいました。高市首相にその自覚はないのかもしれませんが、基地の過剰な負担の軽減、解消を求める沖縄の民意を踏みにじってみせたに等しいと感じました。
※参考過去記事
■「安倍政治」の検証
この3日間を振り返ってもう一つ、思うのは「安倍元首相」というキーワードのことです。
高市首相が「安倍元首相の後継者」を最大限にアピールした10月28日は、その安倍元首相を銃撃し殺害したとして起訴された被告の初公判の日でした。奈良地裁の法廷で被告は起訴内容を認めました。
この事件を機にクローズアップされたことの一つは、信者からの多額の献金や、霊感商法などの反社会的な行為が批判を浴びた旧統一教会と自民党との深い関係でした。安倍元首相を巡っては、選挙の際には教団の票を自民党内で差配する立場にあったとの指摘も出ています。教団とのただならぬ仲が「一強」と呼ばれた強大な権力基盤の一部をなしていた可能性があります。しかし、自民党は党内の調査を尽くしたとは言い難い状況です。
事件の公判で明らかになることを踏まえて、あらためて「安倍政治」を検証し、社会全体で共有する機会のはずです。そんな状況であるにもかかわらず、自民党の総裁である高市首相は安倍元首相を無批判に賛美し、自分こそが後継者であるとアピールしました。
29日付の東京発行の新聞各紙朝刊は、1面トップで日米首脳会談を大きく報じるとともに、銃撃事件の初公判も1面や社会面で大きく報じています。二つのニュースを俯瞰し、それぞれの「安倍元首相」をつなぐ視点、視線があっていいと思います。事実を報じることと並ぶ「論評」という組織ジャーナリズムのもう一つの役割だと思うのですが、そうした記事はこの日の紙面には見当たりませんでした。
空母の中での高市首相の所作、はしゃぎぶりを巡っては、権力を持った強い男の前で、自然とああいうことができるからこそ、高市氏は「ガラスの天井」を破ることができた、逆に言えば、そういうことができない女性、しない女性は昇進しづらい状況、実力だけで女性が上位に進んで行くのは難しい状況が、今も日本の政治にも社会全般にもある、との指摘をネット上で目にしました。
そうした視点が社会で共有され、広がることも「初の女性の首相」の意義なのだと感じます。
以下に、東京発行の新聞各紙が29日付朝刊で、日米首脳会談と安倍元首相銃撃事件の初公判をどのように扱ったか、「本記」と呼ぶ中心的な記事の扱いと見出しを書きとめておきます。

【朝日新聞】
1面トップ「首相『日米 新黄金時代を』/首脳会談 防衛費や経済安保協議」
1面準トップ「安倍氏銃撃『すべて事実』/初公判 山上被告 罪認める」
【毎日新聞】
1面トップ「日米 抑止力強化確認/首相、防衛費増を伝達 首脳会談」
1面準トップ「安倍氏殺害認める/初公判 山上被告『すべて事実』」
【読売新聞】
1面トップ「日米同盟『黄金時代を』 首脳会談/首相、防衛費増を伝達/関税合意 着実な履行確認」
1面3番手「山上被告『全て事実』/奈良地裁 安部氏銃撃 初公判」
【日経新聞】
1面トップ「対米投資 AI電力60兆円/日立・ソフトバンクG 8社が関心/日米首脳会談受け発表」
社会面トップ「『戦後史に前例なき犯行』/検察、高い計画性強調/山上被告、殺人罪認める」
【産経新聞】
1面トップ「日米同盟強化一致/首相『新たな黄金時代を』/首脳会談 防衛費伝達/中国の現状変更反対」
1面準トップ「安倍氏銃撃 殺害認める/山上被告『間違いない』 奈良地裁初公判」
【東京新聞】
1面トップ「防衛費の増額 伝達/対米投資履行 署名/日米首脳会談 首相『新たな黄金時代を』」
1面準トップ「安倍氏殺害の罪認める/山上被告側『教団へ復讐』」
朝日、読売、産経の3紙は「黄金時代」を見出しに取りました。朝日、読売は主見出しです。いったい何が「黄金時代」なのか不明です。この見出しには違和感があります。