1945年8月、日本無条件降伏を受諾して第2次世界大戦は終結しました。それから80年の夏です。関連の企画やイベントが全国各地で開催されています。
東京・九段にある戦傷病者史料館「しょうけい館」で開催されている特別企画展「武良茂(水木しげる)の戦争体験」を見学しました。
アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の原作者として知られる故水木しげるさん(2015年11月逝去)は1943年、21歳で陸軍に召集され、ニューギニア戦線、ニューブリテン島に出征し、米軍の攻撃で左腕を失いました。戦後、「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめとした妖怪漫画で活躍する傍ら、戦争を題材とする作品群も残しています。
企画展は、水木さんの出征から負傷、敗戦、帰国までをコンパクトにまとめています。戦後の歩みも含めてイラスト入りの年表にし、最後に「総員玉砕せよ!」の「あとがき」に記されている一文を紹介しています。
「ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う」
文字通り死線をくぐり、左腕を失った過酷な戦地での経験。その様子を紹介する企画展の展示資料の中で、目を引いたのは、ニューギニアの住民を描いた何枚かのスケッチです。
水木さんは負傷後、最前線から後方に送られ、敗戦、帰国までを野戦病院で過ごしました。その際、現地の住民と親しくなりました。日本兵の中でも、特異なケースだったようです。住民の姿をスケッチにして残していました。その柔らかなタッチと、住民の穏やかな表情が印象に残ります。

【写真:特別企画展のチラシ】
戦争を題材にした水木さんの漫画の代表作「総員玉砕せよ!」のことは、このブログでも紹介しました。
あとがきで水木さんは「九十パーセントは事実」と記しています。最後に、いったん玉砕から生き延びていた下士官、兵81人が再突撃して全滅するシーンがありますが、これはフィクションのようです。そうではあっても、戦争と軍隊生活のリアルをあますところなく描いていることに変わりはありません。巻末の足立倫行氏の解説は「“事実を超える真実”を描くことに成功した」と評しています。
しょうけい館は、戦傷病者や家族が体験した戦中・戦後の労苦を「承継」する施設で、厚生労働省が運営しています。
常設展示は、徴兵検査から始まり、入営、戦地への出征、戦地での生活、戦闘と負傷、応急医療と野戦病院での手当、後方への移送と病院船での帰国、療養と社会復帰を、順を追って当時の資料とともに紹介しています。戦後の労苦にも詳しく触れています。
社会で継承していくべき戦争体験とは、80年前の敗戦までのことだけではない、その後の80年間のことも含めてのことなのだと、改めて気付かされました。
▽しょうけい館
https://www.shokeikan.go.jp/
※追記 2025年8月24日
「しょうけい館」の特別企画展「武良茂(水木しげる)の戦争体験」を再訪しました。水木さんがニューギニアに出征した際、現地の住民と親しくなり、スケッチを描いたのがいつだったか確認しました。展示されているスケッチは、日本の敗戦後、収容所で帰国を待つ間の時期に描いたものでした。水木さんは日本に帰らず現地で暮らすことを本気で考えていたそうです。柔らかなタッチと、住民の穏やかな表情は、そんな事情も反映されていたのだと感じます。
常設展示も含めていくつかのクイズを解き、アンケートに答えて、記念品をもらいました。ゲゲゲの鬼太郎をデザインしたオリジナルのノートです。
