参政党は参院選の公約で憲法について、「護憲」でも「改憲」でもなく、全く新しい憲法を作ることを目指すとして、「創憲」を掲げました。公表している「憲法草案」には、現行の日本国憲法が保障している国民の権利がごっそり抜け落ちていることは、このブログでも触れてきました。日本国憲法を尊重しているようにも、擁護しているようにも感じられません。
東京新聞が7月28日付朝刊の1面トップで、参政党のこの「憲法草案」の問題点を指摘する記事を大きく掲載しました。
見出しは以下の通りです。
参政の憲法案 ない、ない、ない
人権の保障 思想の自由 戦争放棄
弁護士「投票した人も確認を」
参政党の憲法草案(東京新聞の記事中では「憲法構想案」と表記)と日本国憲法の相違点の一覧表も付いています。

もともと投票日前の7月19日に、デジタル版にアップロードした記事に、選挙後の参政党の神谷宗幣代表の発言などを加えて、改めて紙面に掲載したようです。元の記事は、憲法や人権に詳しい弁護士に取材して、現行の憲法と比較しながら、参政党の憲法草案の問題点をまとめています。
以下で全文を読むことができます。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/422049
「基本的人権の保障」がなく、「思想・両親の自由」や「信教の自由」もないことなどがよく分かります。
このブログの一つ前の記事では、参政党の憲法草案に「表現の自由」がないこと、報道に対しては国による「統制」を志向していることがうかがえることに触れました。
あらためて、参政党が「憲法」をどのようなものと位置付けているのか、参院選の公約や「憲法草案」を元にしたわたしの受け止めを書きとめておきます。
参政党が参院選で掲げた公約は、以下から読むことができます。
第27回参議院選挙-27th House of Councillors Election- これ以上日本を壊すな!
公約は「3つの柱と9の政策」で構成されており、「憲法」は3番目の柱「日本人を育む〜教育・人づくり〜」の最後の「政策9」で、以下のように掲げています。
政策9
憲法づくりで政治に哲学を
護憲でも改憲でもなく、ゼロから憲法を創ることで国民の意識改革を促す。現在の日本国憲法は、戦後の占領下において、連合国軍の指導と草案に基づいて作られたものであり、日本人自身が自由な意思で創り上げた憲法ではありません。私たち参政党は、この事実を直視し、日本の未来と国家のあるべき姿を国民自らが考え、話し合い、定めるべきだと考えます。私たちが提案するのは、「護憲」でも「改憲」でもなく、まったく新しい憲法を創る「創憲(そうけん)」という考え方です。
憲法は単なる法律の集まりではなく、国家の理想や哲学、国民の意志を反映するものでなければなりません。どんな国を目指し、どんな社会を築きたいのか。その根本に立ち返って、私たち自身の言葉で憲法をつくり直すことで、国民一人ひとりが政治に主体的に関わる契機となります。この過程こそが、主権国家としての誇りと責任を取り戻す第一歩なのです。
参政党は、創憲に向けた全国的な国民運動を展開し、議論を活性化させていきます。学校教育や地域の学びの場でも憲法に関する正しい理解を広め、すべての世代がこのテーマに参加できる環境を整えます。将来の国のかたちを私たち自身が決めるという意識を育てることが、真に主権者たる国民を育てる道です。
また、新しい憲法には、日本の歴史や文化、家族観、自然観といった日本人の精神的土壌がしっかりと反映されるべきです。自由や平等だけでなく、和を重んじ、他者と調和して生きる日本独自の価値観を織り込んだ憲法を目指します。参政党は、国家の根幹に哲学と精神を取り戻す憲法づくりを、すべての国民とともに進めてまいります。
わたしなりに思い切って要約すると以下の通りです。
・現在の日本国憲法は日本人が自由な意思で創り上げた憲法ではない。この事実を直視し、日本の未来と国家のあるべき姿を国民自らが定めるべきだ
・参政党が提案するのは『護憲』でも『改憲』でもない。まったく新しい憲法を創る
・憲法は単なる法律の集まりではなく、国家の理想や哲学、国民の意志を反映するものでなければならない
・憲法には、日本の歴史や文化、家族観、自然観など日本人の精神的土壌が反映されるべきだ
・自由や平等だけでなく、和を重んじ、他者と調和して生きる日本独自の価値観を織り込んだ憲法を目指す
・国家の根幹に哲学と精神を取り戻す憲法づくりを進める
現行の日本国憲法を否定する立場をかなり明確に打ち出していると感じます。敗戦後の占領下で連合国軍に押し付けられたとの、いわゆる「押し付け憲法論」です。
押し付け憲法論ではあっても、現行の条文を改正する「改憲」を主張することには問題はありません。憲法の中に改正の手続きの規定があるので、「改憲」は憲法自体が想定していることです。しかし、「改憲」ではない、全く新しい憲法を作ることは、似ているようで意味合いが異なります。
国会議員を含む公務員には、現行憲法を尊重し、擁護する義務が課せられています。
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
一般の人であれば、現行憲法を認めず、新しい憲法を作るべきだと主張することも、憲法が保障する自由の範囲内です。しかし、公務員にはそうした自由はありません。
憲法の改正にしても、天皇を始め、国会議員を含む公務員にこの憲法の尊重、擁護の義務を課していることから考えても、改正の範囲にはおのずと限界があるはずです。例えば「国民主権」「基本的人権の保障」「平和主義」の基本原則を変更するようなことは、「改正」の範囲を超えるように思います。参政党の「創憲」は、参政党が自ら「『改憲』ではない」と主張している通り、「改正」の範囲をはるかに超えているように感じます。
神谷代表を始めとして参政党の国会議員は、憲法99条が課している憲法の尊重、擁護義務を果たしていない、と言うべきです。憲法に反しています。公党としての参政党も同様です。
参政党の憲法草案は、現行の憲法が保障している数々の国民の権利がごっそり抜け落ちている一方で、特異な条項が目立ちます。
例えば「国民」の要件については、「日本を大切にする心を有することを基準として、法律で定める」としています。「心」が基準になるということは、個人の内心をも国家がチェックすることになりかねません。
参政党の憲法観を知らないまま、参政党に惹かれている方は、ぜひ、参政党の憲法草案を日本国憲法と比較し、読んでみることをお奨めします。
「表現の自由」がなくなり、報道を国家が統制することになれば、マスメディアが公権力を監視することもなくなります。「マスゴミの偏向報道をただすのにいいのではないか」と考える人もいるかもしれません。でも、「表現の自由」がなければ「マスゴミが偏向している」と主張することもできなくなるかもしれません。