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歴史の歪曲許さず、惨禍の記録を次世代へ~地域の目線で「自分ごと」ととらえる姿勢も 「沖縄戦80年」本土紙の社説、論説の記録

 ことしは1945年に日本の敗戦で第2次世界大戦が終結して80年の節目の年です。地上戦でおびただしい住民が犠牲になった沖縄戦からも80年。6月23日の沖縄の「慰霊の日」前後に、日本本土の新聞がどのような社説、論説を掲載したか、ネット上の各紙のサイトで分かる範囲で見てみました。
 目立つのは、歴史を歪曲するような動きへの批判と、惨禍の記録、記憶を次世代に引き継ぐことの重要さの指摘です。5月には、自民党の西田昌司参院議員が「ひめゆりの塔」の説明を「歴史の書き換え」と発言する出来事がありました。西田議員の地元の京都新聞は「日本軍を美化する偏った歴史観で、沖縄が紡いできた平和への努力を歪めるようなことは認められない」と発言を批判。米軍普天間飛行場移設のための辺野古新基地建設の強行などを挙げて「県との対話も県民への説明も尽くさない政府の姿勢に、80年前を重ねる声が高まっている」「広がる溝を埋めることこそ政治の責任にほかならない」と指摘しました。
 神戸新聞は、沖縄の「島守」として顕彰されてきた神戸出身の沖縄戦当時の島田叡知事について、「(知事は)軍と一体となって戦場態勢づくりを急速に進めた」とする研究も紹介し「軍部だけでなく、戦時行政の責任についても検証を進めていく必要があろう」と記しています。
 ことしの沖縄での追悼式には、ノーベル平和賞を受賞した日本被団協が初めて招かれました。被爆地の中国新聞は「玉城知事は広島、長崎と連携し、核軍縮と核兵器廃絶を国際社会に働きかける方針も明らかにした」「沖縄は琉球時代、アジアの架け橋として平和と友好を育む『万国津梁(ばんこくしんりょう)』の精神を掲げた歴史がある。被爆地も手を携え、平和の訴えを強めたい」としました。
 福島民報は、福島県が東京電力福島第1原発事故の発生後、国の対応に翻弄され続けてきたことを挙げて「安全保障という国策に苦悩し続ける沖縄に福島から思いを寄せ、ともに未来に歩む道筋を探りたい」としています。
 地方紙の社説、論説には、地域の目線で、沖縄の問題を「自分ごと」として捉えようとする姿勢を感じます。

 全国紙で「おや」と思ったのは読売新聞の社説です。見出しは「過度な基地負担を軽減したい」。防衛力強化の社論に沿って「沖縄を再び戦場としないためには、南西諸島の防衛力を強化して有事に備えることが重要だ」との主張も書いてはいますが、近年必ず触れていた米軍普天間飛行場の辺野古移設には触れていません。
 これまでは「普天間の危険性を除去する現実的な選択肢は、辺野古への移設しかない」(2022年6月24日付)などと、辺野古移設については、日本政府と同じく、普天間飛行場の危険除去の唯一の選択肢と主張するのが常でした。

【写真出典・沖縄県ホームページ】

 以下に、ネット上の各紙のサイトで全文が読める社説、論説の見出しとリンク先、内容の一部を書きとめておきます。
 また、本文は読めないものの、見出しが確認できた社説、論説も最後に書きとめておきます。

【全国紙】
■朝日新聞 6月24日付「沖縄慰霊の日 地上戦の記憶を後世に」
 https://digital.asahi.com/articles/DA3S16241723.html

「憤激を燃えたゝしめよ」。そんな見出しの社説が45年5月27日の朝日新聞に載った。「わが必殺必沈の連続猛攻は大いなる戦果」をあげ、特別攻撃飛行隊が「沖縄本島周辺に敵艦船を猛攻」「皇軍勇士の尊い姿を感謝」と続く。無謀な特攻を始めた軍の人命軽視と、現実に背を向け戦意を鼓舞した新聞の責任を痛感する。
 すでに米軍が沖縄に上陸して約2カ月がたっていた。地上戦が激化する沖縄本島では逃げ場を失った住民たちが猛攻にさらされ、点在する壕(ごう)などに身を潜めていた。沖合で体当たりする特攻機のために気象情報を送信する任務を負っていたのが、沖縄地方気象台(当時)の職員だ。風向や風速、雲量などは作戦の成功に欠かせなかった。
 職員らは海軍の拠点や壕の中で観測を続けた。しかし砲撃の激化で観測は次第に困難となり、負傷者が続出、自決した人もおり、入隊した職員を含め73人が亡くなった。
 糸満市には慰霊のための「琉風(りゅうふう)之碑」が立つ。
 (中略)
 自民党の西田昌司参院議員は今年、学徒隊らを慰霊する「ひめゆりの塔」の説明を「歴史の書き換え」と批判した。一部撤回、謝罪したが、真剣な証言活動の営みを踏みにじり、歴史の修正を図る動きには強い危機感を覚える。
 沖縄戦での犠牲者は日米合わせて約20万人にのぼり、県民の4人に1人が命を落とした。体験者は減り、継承は難しくなりつつある。それでも記憶の風化にあらがい、教訓を直視したい。
 沖縄を二度と戦場にしてはならない。政府が中国の海洋進出などを理由に南西地域の防衛力強化を進める今、その思いを強くする。

■毎日新聞 6月24日付「戦後80年 沖縄慰霊の日 犠牲強いた歴史忘れない」/過去ゆがめてはならぬ/我が事として考えねば
 https://mainichi.jp/articles/20250624/ddm/005/070/049000c

 日本側の犠牲者約18万8000人のうち住民が半分を占めた。民間人の犠牲をいとわずに戦闘を長引かせた軍の姿勢は、県民にぬぐい難い不信感を残した。
 懸念されるのは、こうした歴史から目を背けるような動きが出ていることだ。
 典型的なのが、今年5月に那覇市で開かれた会合における自民党の西田昌司参院議員の発言だ。
 (中略)
 ひめゆり学徒隊は看護要員として軍に動員された女子生徒や教師だ。死亡した136人の8割超は軍の解散命令を受けた後、戦場に放り出される形で犠牲となった。西田氏の発言は沖縄戦の実相を反映しておらず受け入れられない。
 日本外交史が専門の野添文彬(ふみあき)・沖縄国際大教授は「発言は事実をゆがめるものだ。県民は沖縄の歴史が本土と共有されていないという疎外感を抱き、戦争がまた繰り返されるのではないかと不安を募らせている」と指摘する。
 こうした状況だからこそ、戦争体験を語り継ぐ重要性が増している。当時を知る人が少なくなり、記録や証言を伝えようとする若者たちの活動が注目されている。
 (中略)
 敗戦後に本土に置かれた米軍基地は整理・縮小が進められたが、沖縄には重い負担が残ったままだ。野添教授は「在日米軍が沖縄で実施している訓練をもっと本土が引き受け、負担軽減に取り組むべきだ」と訴える。
 中国が海洋進出を強める中、沖縄・先島諸島に自衛隊の新たな拠点が相次ぎ開設されている。台湾有事を念頭に先島の住民を九州などに避難させる計画も発表された。沖縄が再び攻撃の標的にされかねないとして、地元から上がる反発の声に耳を傾けるべきだ。
 今求められているのは、安全保障上の負担を「沖縄の問題」としてではなく、日本が直面する我が事として考える姿勢だ。沖縄戦の歴史や実相と向き合うことこそが、その出発点となる。

■読売新聞 6月24日付「沖縄慰霊の日 過度な基地負担を軽減したい」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20250624-OYT1T50005/

 本土決戦を遅らせようと、旧日本軍が沖縄本島南部に撤退しながら抵抗を続けたことで、住民の被害が増大したとされる。このため沖縄県民には、本土のために犠牲になった、という思いが強い。
 それに、在日米軍施設の7割が今も沖縄に集中している。この中には米海兵隊など、南西諸島の防衛に不可欠な部隊もあるが、日本全土の面積の0・6%にすぎない沖縄に、7割もの基地がある状況は改善せねばならない。
 政府は、米軍基地の縮小や訓練の県外移転を着実に進める必要がある。沖縄の思いに寄り添い、負担軽減を図ることが大切だ。
 一方で、沖縄周辺の安全保障環境が急速に悪化しているという現実にも向き合わねばならない。中国は台湾への軍事的圧力を強めている。沖縄の尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返すなど、力で現状変更を図る野心を隠していない。
 沖縄を再び戦場としないためには、南西諸島の防衛力を強化して有事に備えることが重要だ。

※2024年6月24日「沖縄慰霊の日 平和守る具体策が欠かせない」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20240623-OYT1T50136/
※2023年6月24日「沖縄慰霊の日 戦禍を繰り返さぬ誓い新たに」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230623-OYT1T50305/
※2022年6月24日「慰霊の日 沖縄の繁栄へ重荷を減じたい」
 https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20220623-OYT1T50273/

■日経新聞 6月24日付「戦後80年に思う沖縄の重み」
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK208510Q5A620C2000000/

 戦後は米軍統治下、そして本土復帰後も米軍駐留を受け入れてきた。地政学上、安全保障上、駐留は必要だと割り切って考える人は沖縄にも多い。だが、その負担が沖縄に偏りすぎている現状は受け入れがたい。割り切ろうとしても割り切れない、複雑な思いに真摯に向き合わねばならない。
 政府は米軍普天間基地のある宜野湾市と個別の協議を始めた。名護市辺野古への移設に反対する沖縄県を外して直接話し合う場であり、県には反発もあろう。ただ沖縄の思いは一様ではない。さまざまな思いをすくいあげるため、重層的な関係を築くことはあってよいのではないか。
 沖縄では、台湾有事が起これば沖縄はまた戦場になりかねない、という不安の声が広がる。住民を再び戦火にさらすことは決してあってはならない。政府はそう肝に銘じ、実効ある避難対策に万全を期すべきである。
 沖縄の人々の思いを想像することは、中東やウクライナで戦闘におびえる人々にも思いをはせることにつながろう。過去の過ちや遠き国への想像力こそ、戦火を鎮める力になる。そう信じて戦後80年の夏を迎えたい。

■産経新聞 6月23日付「沖縄慰霊の日 節目の年に真摯な祈りを」
 https://www.sankei.com/article/20250623-BFQC2ULTX5LQTAL47IWJCYOKFE/

 残念なのは、沖縄戦を巡り偏った言論が県内の一部にみられることだ。例えば地元紙は、沖縄戦の最大の教訓は「軍隊は住民を守らない」ことだと繰り返し報じ、自衛隊の活動も批判している。
 だが実際は、日本兵に「生きのびよ」と励まされ、助けられた県民も大勢いる。現在の自衛隊も、沖縄を含む日本の平和維持に欠かせない存在だ。
 沖縄の近海で中国は軍事的圧力を一段と強めている。外交努力に加え、防衛力の充実、国民保護の強化が求められる。

【地方紙・ブロック紙】
■北海道新聞 6月24日付「戦後80年 沖縄慰霊の日 戦禍の実相 改めて直視せよ」/住民守らなかった軍/再び「捨て石」なのか/平和への努力 今こそ
 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/1177054/

 沖縄はきのう「慰霊の日」を迎えた。沖縄戦で組織的戦闘が終結した日から80年の節目である。
 太平洋戦争末期の1945年、沖縄戦では日米の計20万人以上が犠牲になり、北海道出身者も沖縄県に次ぐ約1万人が亡くなった。沖縄の住民が10万人近くを占め、日本軍による自決強制や殺害も証言で明らかになっている。
 沖縄は今も地上戦の記憶や、米軍占領下の不条理を背負い続けている。沖縄で戦時下を表す「戦世(いくさゆ)」は終わっていない。
 にもかかわらず、国会議員からその歴史を歪曲(わいきょく)するような発言が飛び出した。政府も台湾や尖閣諸島を巡る緊張を理由に、国内の米軍専用施設の約7割が集中する沖縄にさらなる軍事的な負担を強いている。
 沖縄戦の実相を知り、沖縄の今を考えなければならない。米国がイランの核施設を攻撃し戦火の拡大が懸念される中、日本が再び戦争への道を進まないためにも、それは必要なことだ。

■福島民報 6月23日付「【戦後80年 沖縄慰霊の日】ともに未来考えたい」
 https://www.minpo.jp/news/moredetail/20250623125140

 沖縄県はきょう23日、太平洋戦争末期の激烈な沖縄戦の犠牲者をしのぶ「慰霊の日」を迎え、戦没者追悼式が行われる。戦後80年に当たる今年は恒久平和の誓いを世界に強く訴える節目となるが、台湾情勢を巡り現地の緊迫感は再び高まりつつある。本県は東京電力福島第1原発事故発生後、国の対応に翻弄され続けてきた。安全保障という国策に苦悩し続ける沖縄に福島から思いを寄せ、ともに未来に歩む道筋を探りたい。
 (中略)
 そもそも、全国に分散していた米軍海兵隊が沖縄県内に移駐したのは、本土から隔離し、多くの国民の目をそらすためだったとする研究者の指摘もある。米兵が引き起こす事件や基地内の事故は絶えない。国際情勢が流動化する中、国全体の安全保障の在り方に幅広く考えを巡らす時期を迎えている。
 政府は原発事故に伴う除染土壌の全国での再生利用拡大を目指しているが、広く理解を醸成できるかどうか不透明さも拭い切れない。「沖縄の痛み」に触れてみれば、国策に伴うさまざまな負担を国全体で分け合う難しさに気付かされる。

■信濃毎日新聞 6月24日付「戦後80年の慰霊 『沖縄のこころ』をともに」/遠のく平和の島/強いて争わず/覚悟の「地域外交」
 https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2025062400229

 「万国津梁(しんりょう)の鐘」とよばれる釣り鐘が、那覇市の県立博物館にある。1458年、当時の琉球国王が造らせた。そこに次のような意味の銘文が刻まれている。
 ―琉球国は南の海の景勝地で、関係が深い中国と日本との間に浮かぶ理想郷である。交易によって世界のかけ橋(津梁)となり、国中に宝物が満ちている―
 かつて沖縄は、独立した海洋国家として栄えた。
 中国による東アジアの国際秩序のもとで臣下の礼をとりつつ、武力侵攻した薩摩藩の支配下にも入った。腐心したのは、強いて争わず、それぞれとの関係を損なわないバランス外交だった。
 同時に、日中のほか朝鮮、東南アジアと交易を重ねた。街なかではさまざまな国の人々が交わり、生糸や絹、陶磁器、薬、金銀、象牙、香辛料などの品々が行き交ったと伝えられている。
 琉球王国が育んだこうした姿勢は、1879年の併合で日本の一地方となり、失われた。その果てに、住民多数が犠牲になった沖縄戦を迎えたともいえる。
 日本復帰後、「沖縄のこころ」が顧みられない現実のなかで、県知事たちは万国津梁の歴史をたびたび引用し、その理想を目指すと宣明してきた。
 東・南シナ海の結節点という地の利を生かし、武力によらず、交易を通じて自らの安全と生存を保持する―。そこに、進むべき道を見いだすからだ。

■新潟日報 6月23日付「沖縄慰霊の日 地上戦の記憶を次世代へ」
 https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/632018

 懸念されるのは、沖縄戦の歴史に真摯(しんし)に向き合っているとは思えない政治家の発言が相次いでいることである。
 自民党の西田昌司参院議員は5月のシンポジウムで、沖縄戦で犠牲になった学生や教員を慰霊する「ひめゆりの塔」の展示説明について「歴史を書き換えている」などと発言し、その後、撤回した。
 沖縄県内でも中山義隆・石垣市長が5月の記者懇談会で、集団自決について「自分から死にたいから手りゅう弾をくださいと言った人もいるだろう」と述べ、批判を浴びている。
 戦後80年が経過しようとする中、歴史の風化が進んでいるとしたら、由々しき問題だ。
 米軍は沖縄戦で、旧日本軍の航空基地を占領した。戦後も土地を奪って、基地を拡大した。
 沖縄県には今も広大な米軍基地が存在する。騒音や環境汚染、米軍人らによる事件・事故が繰り返され、県民生活を脅かしている。
 戦後は米軍統治下にあり、72年、日本に復帰した。基地の一部は返還されたが、今も国土面積約0・6%の沖縄県に在日米軍専用施設の7割が集中する。
 玉城デニー知事は、「米軍基地が県の振興を進める上で大きな障害」と訴えている。日米両政府は過重な負担を着実に軽減しなければならない。

■中日新聞・東京新聞 6月22日付「週のはじめに考える 沖縄戦の惨禍を伝える」/軍民混在が犠牲増やす/思い寄せる政治家不在
 https://www.chunichi.co.jp/article/1086120

 「先般、沖縄の皆さまに大変申し訳ない発言があった。自民党総裁として深くおわびする」
 党総裁でもある石破茂首相は、官邸を訪れた沖縄県の玉城デニー知事にこう謝罪しました。
 西田氏は反発を受け、いったん発言撤回を表明しましたが、その後も月刊誌への寄稿で自身の発言の正当性を主張するなど、考えを改めるつもりはないようです。
 西田氏のような言動が自民党内でいまだにはびこるのも、かつては党内にいた沖縄に思いを寄せる政治家の不在も一因でしょう。
 例えば、総理府総務長官や初代沖縄開発庁長官を務めた山中貞則さんは、師と仰ぐ屋良朝苗琉球政府主席とともに、沖縄の本土復帰や沖縄振興に尽力しました。
 「沖縄は第二の故郷」と言っていた小渕恵三元首相は反対を押し切り、2000年のG8サミット(主要国首脳会議)の沖縄開催を決断。その小渕内閣で官房長官を務めた野中広務さんは生前、本紙の取材にこう語っています。
 「沖縄を忘れることは第2次世界大戦を忘れること。戦争の恐ろしさを忘れないためにも沖縄のことを絶対に忘れてはいけない」
 平和を次世代に引き継ぐには、沖縄戦の惨禍とその後の苦難を伝え続けなければなりません。歴史の書き換えなど論外です。

■京都新聞 6月24日付「沖縄『慰霊の日』 負の歴史、歪めず継承を」
 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1501887

 沖縄戦の実態を埋もれさすまいと、被害者がつらい記憶をたぐり寄せて語り、書き残した紛れもない歴史の事実である。
 その中で命を失った女生徒らを慰霊する「ひめゆりの塔」の説明文について、西田昌司参院議員は「歴史の書き換え」と語り、「自分たちの納得できる歴史を作らないと」と言った。日本軍を美化する偏った歴史観で、沖縄が紡いできた平和への努力を歪(ゆが)めるようなことは認められない。西田氏は一部撤回したが、自民党県連を含む沖縄県議会が全面撤回を求め、京都市議会が「遺憾の意」を決議したのは当然だろう。
 在日米軍専用施設の7割が沖縄に集中する過度な負担は今も変わらない。名護市辺野古での米軍新基地建設は、選挙や県民投票で反対の民意が示されたにもかかわらず、工事が強行されている。
 政府は台湾有事を念頭に、南西諸島の防衛力強化を進めており、3月には先島諸島5市町村の住民らの避難計画を公表した。沖縄が戦場になることを前提とした計画に、住民の不安は根強い。
 県との対話も県民への説明も尽くさない政府の姿勢に、80年前を重ねる声が高まっている。沖縄の理解なしに日本の安全保障は成り立たないと、政府・与党は自覚すべきだ。広がる溝を埋めることこそ政治の責任にほかならない。

■神戸新聞 6月24日付「沖縄慰霊の日/『戦前』への回帰は許されない」/基地問題の始まり/軍事化が招く不安
 https://www.kobe-np.co.jp/opinion/202506/0019144403.shtml

 沖縄戦史で強調すべきは、沖縄が「捨て石」にされた点だ。神戸出身の現代史研究者で関東学院大名誉教授の林博史氏は新著「沖縄戦」で、帝国陸海軍作戦計画大綱などを根拠に「本土防衛準備のための時間稼ぎの戦い」だったと位置付ける。その結果、多数の住民が犠牲になった事実を忘れてはならない。
 軍の南部撤退には、住民が戦闘に巻き込まれるとして神戸出身の島田叡(あきら)知事が反対したとされる。知事は戦地で消息不明となった。献身的に県政に従事したことなどから、沖縄の「島守」として顕彰されてきた。
 だが林氏は同書で、学徒の防衛召集に際し、県が軍に名簿を提出した問題などを指摘し「(知事は)軍と一体となって戦場態勢づくりを急速に進めた」と述べる。軍部だけでなく、戦時行政の責任についても検証を進めていく必要があろう。
 沖縄戦では、スパイ容疑をかけられたり軍の命令に従わなかったりした民間人が日本兵に殺害された。軍の強制や誘導による「集団自決」も起きた。そうした過酷な体験から、県民は「軍隊は住民を守らない」と語り伝える。貴重な教訓である。
 (中略)
 日米両政府が急速に軍事化と有事対応を進める現状に、沖縄戦の体験者らは「まるで戦前だ」と強い危機感を抱く。沖縄を本土防衛の「捨て石」とした時代への回帰は決して許されない。80年前の悲劇を繰り返さないためには、平和的な外交と対話にこそ力を入れねばならない。

■山陽新聞 6月23日付「沖縄慰霊の日 再び戦場にしない外交を」
 https://www.sanyonews.jp/article/1744316

 沖縄はきょう、「慰霊の日」を迎えた。80年前の太平洋戦争末期の沖縄戦で、旧日本軍の組織的戦闘が終結したとされる日だ。一般住民を巻き込んだ地上戦で日米合わせて20万人もの命が奪われた。そのあまりに凄惨(せいさん)な事実に目を向けるとともに、今なお続く沖縄の苦しみを考えたい。
 最後の激戦地となった糸満市の平和祈念公園では県主催の「沖縄全戦没者追悼式」が開かれ、玉城デニー知事が平和宣言を読み上げる。昨年ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)を初めて招待する。平和を願う沖縄の心を強く発信する機会となるだろう。
 今月上旬には、天皇、皇后両陛下と長女愛子さまが沖縄入りし、犠牲者を慰霊された。愛子さまにとっては初めての沖縄訪問である。懇談の場では、悲惨な記憶を次世代につなごうとしている若者たちの話にも耳を傾けた。令和の皇室が平和への祈りを受け継ぐ意義は大きい。

■中国新聞 6月24日付「沖縄戦80年 今も続く痛み 忘れまい」
 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/664611

 沖縄戦では旧日本軍が住民にスパイの疑いをかけて処刑したり、泣きやまない乳児を銃殺したりしたという証言も残る。こうした戦争の悲惨さを正しく伝えるのは「書き換え」ではあるまい。西田氏は「自分たちが納得できる歴史をつくらないと、日本は独立できない」とも言った。戦争の記憶の風化だけでなく、歴史をゆがめようとする動きにも目を光らせる必要がある。
 言うまでもなく、次世代への継承も重要課題だ。沖縄戦を伝える県内の主要8施設の昨年度入館者数は約78万人と、この10年で約3割減ったという。少子化の影響もあるとはいえ、県外の子どもたちが実態に触れる機会を確保できるよう知恵を絞りたい。
 (中略)
 玉城知事は広島、長崎と連携し、核軍縮と核兵器廃絶を国際社会に働きかける方針も明らかにした。追悼式に昨年ノーベル平和賞を受賞した日本被団協を初めて招いたのもその一環だろう。沖縄は琉球時代、アジアの架け橋として平和と友好を育む「万国津梁(ばんこくしんりょう)」の精神を掲げた歴史がある。被爆地も手を携え、平和の訴えを強めたい。

■高知新聞 6月23日付「【沖縄慰霊の日】80年たっても苦境続く」
https://www.kochinews.co.jp/article/detail/875733

 太平洋戦争末期、壮絶な地上戦となった沖縄戦は、事実上の終結からきょうで80年となる。現地ではことしも「沖縄慰霊の日」として犠牲者を弔い、反戦平和を願う。
 しかし、沖縄の苦境はいまなお続いている。戦後、県内には多くの米軍基地が建設され、在日米軍専用施設面積の約7割が集中する。それが県民に及ぼしている苦痛は計り知れない。
 駐留する米兵による住民への性暴力事件や米軍機の事故も後を絶たない。東アジアは安全保障上のリスクも高まっている。
 節目の慰霊の日。いつになったら沖縄県民は穏やかな暮らしができるのか。真の平和が訪れるのか。戦没者の鎮魂を祈るとともに、沖縄の課題を改めて考えたい。

■西日本新聞 6月23日付「沖縄慰霊の日 軍事優先の時代に戻すな」/80年前の再来危ぶむ/本土で薄れる「記憶」
 https://www.nishinippon.co.jp/item/1367426/

 平和を願う県民にさらに暗い影を落としているのが、政府の「国際情勢の緊迫化」を理由にした軍事強化である。
 台湾有事を念頭に防衛力を高めようと、自衛隊は「南西シフト」を推し進めている。南西諸島の島々に駐屯地を新たに設け、九州でも輸送機オスプレイの配備やミサイル防衛の拠点化を進める。
 80年前の米軍侵攻前、沖縄の島々には大規模な軍隊が送り込まれた。当時と重ね合わせ、戦争の再来を危惧する県民は少なくない。
 (中略)
 自民党の西田昌司参院議員が先月、戦場に動員された「ひめゆり学徒隊」の展示説明に対し「歴史の書き換えだ」と発言した。
 批判を受けて撤回したが、沖縄の歴史教育が「むちゃくちゃ」との持論は曲げなかった。参政党の神谷宗幣代表は「本質的に間違っていない」と擁護した。
 沖縄戦への無理解は国会議員として許されない。危ういのは、そうした考えに潜む「軍事優先」への反省のなさだ。
 国際的な緊張の高まりを軍事で解決しようとしても、大きな痛手を受けるのは国民である。軍事優先の時代に戻さないために沖縄戦から学ぶことは多いはずだ。
 沖縄の歴史と今に思いをはせる慰霊の日にしたい。

【見出しのみ】
■山形新聞 6月24日付「沖縄戦終結80年 不戦を次代へ語り継げ」
■山梨日日新聞 6月24日付「【沖縄戦80年】自身に引きつけ学努力を」
■静岡新聞 6月23日付「沖縄『慰霊の日』 非戦の誓い、広く共有を」
■北日本新聞 6月24日付「沖縄慰霊の日/世界に届け『命(ぬち)どぅ宝』」
■山陰中央新報 6月24日付「不戦を次代へ語り継げ 沖縄戦終結80年」
■大分合同新聞 6月26日付「沖縄戦終結80年 不戦を次世代へ語り継げ」
■佐賀新聞 6月24日付「『沖縄戦終結80年』不戦を次世代へ語り継げ」
■熊本日日新聞 6月23日付「沖縄慰霊の日 今こそ非戦の誓い新たに」
■宮崎日日新聞 6月24日付「沖縄戦終結80年 語り継ぐ役目を国民全体で」




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