思わず耳を疑いました。米国のトランプ大統領が、イランの核施設への攻撃を広島、長崎への原爆投下になぞらえて「戦争を終結させた」と正当化した、とのニュースです。
【ハーグ共同】トランプ米大統領は25日、米軍によるイランの核施設攻撃が「戦争を終結させた」とし、広島や長崎への原爆投下と「本質的に同じことだ」と述べた。米国では原爆投下が第2次大戦を終わらせたとして正当化する意見が根強い。
(中略)トランプ氏は米軍の攻撃がなければ、イスラエルとイランは「今ごろ戦い続けていた」と指摘。「広島や長崎の例は使いたくないが」と断りつつ、停戦合意につながったとの考えを示した。
※共同通信2025年06月25日 19時27分
「原爆投下引き合いに正当化 トランプ氏、対イラン攻撃」
https://www.47news.jp/12772052.html
米軍によるイラン空爆は、核攻撃のシミュレーションそのものではないかと感じていました。米本土を飛び立ったB2爆撃機が、空中給油を受けながら、探知されることなくイラン上空に達し、地中の目標を破壊できる大型の爆弾、バンカークラスターを投下しました。
米国の戦略核体系には三つの柱があります。地上発射の大陸間弾道弾(ICBM)、潜水艦から発射する弾道ミサイル(SLBM)、そして3番目が戦略爆撃機による核爆弾の投下です。B2はその戦略爆撃機の一つ。戦略核爆弾を搭載することが可能です。イラン領空に侵入しての直接攻撃は、爆弾を変えれば核攻撃も可能だったということです。
イスラエル軍との共同作戦だったと伝えられていますので、米軍の単独作戦ではありません。そのことは踏まえつつも、米軍がその気になれば、世界中の任意の場所に対して、いつでも先制核攻撃が可能である、その能力を保持していることを誇示した、との意味合いがあるのではないかと考えていました。
日本のマスメディアの報道では、「核」との関連は、攻撃を受けたのがイランの核開発施設だったことがもっぱら焦点だった観がありました。でも、攻撃の態様は核兵器の使用の態様と本質的に変わりません。なぜ報道でそのことの意味に注目しないのかと、疑問にも思っていました。
そうしたところに、トランプ大統領の「原爆投下と本質的に同じ」との発言が飛び込んできました。攻撃の態様への言及ではないにしても、まさか、当のトランプ大統領自身が、「これは本質的に核攻撃と変わらないのだ」と開き直ったかのように口にするとは、思ってもみませんでした。
広島、長崎への原爆投下が、結果的に第2次世界大戦の終結を早めたのは、事実としては否定しきれないかもしれません。しかし、「だから原爆使用は正しかった」と、あるいは「やむを得なかった」と考えるかどうかは全く別の問題です。米国では、正当化する意見は珍しくないし、大統領がその考えだったとしても、ある意味、不思議はありません。しかし、80年後の今、「本質的に」同じことをやる、何となれば核攻撃もできる、その能力があることを見せつけ、しかも、それを誇ることには、恐ろしさを感じます。「次は、ためらいなく核兵器を使うのではないか」との不安をぬぐえません。
2023年のG7広島サミットでは、「抑止」を大義名分として、G7メンバー国の核保有を正当化する「広島ビジョン」が発表されました。しかし、今回の米軍によるイラン攻撃によって、米国の核戦略は「抑止」から「脅迫」に変質しまうのではないかと感じます。そうなれば、対抗するために核を保有しようとする動きはいっそう強まるでしょうし、実際に核兵器が使用される恐れが高まることを危惧します。
それでも絶望するわけにいかない、核廃絶をあきらめてはいけないと思います。今回、トランプ大統領でさえも、「広島や長崎の例は使いたくないが」と口にせざるを得ませんでした。核兵器の非人道性を訴え、廃絶を求め続けている被爆者たちの活動があり、ノーベル平和賞を授与されるほどに世界中に共感が広がっていることを、トランプ大統領といえども、完全には無視できない、そのことの表れかもしれないと感じます。

日本のマスメディアも、唯一の被爆国のマスメディアとして、核廃絶への確固とした視点をあらためて確認すべきときだろうと思いますし、それは責任でもあると考えているのですが、トランプ発言の報道は、わたしにとっては少なからず驚きでした。総じて、あっさりしていると感じます。
東京発行の新聞各紙は6月26日付朝刊で以下のような扱いでした。
■朝日新聞1面・2段「トランプ氏『12日間戦争は終わった』/イランの核施設攻撃『広島・長崎と本質的に同じ』」
■毎日新聞4面・2段「原爆投下と『本質的に同じ』/トランプ氏、核施設攻撃巡り」
■読売新聞1面・3段「『原爆投下』例に攻撃正当化/トランプ氏」
■日経新聞3面・1段「原爆投下念頭『戦争を終結』/トランプ氏」
■産経新聞2面・2段「『広島・長崎と本質同じ』/イラン攻撃 トランプ氏正当化」
■東京新聞2面・3段「米軍攻撃で戦争終結/『広島・長崎原爆と同じ』/トランプ氏、軍事行動正当化」
翌27日付の各紙の社説も、地方紙を含めて27日朝にネット上でチェックした限りでは、毎日新聞、中日新聞・東京新聞と被爆地広島の中国新聞が取り上げているのが目にとまった程度でした。
以下にそれぞれ一部を書きとめておきます。
【6月27日付】
■毎日新聞「トランプ氏の原爆発言 惨禍に思いはせぬ不見識」
https://mainichi.jp/articles/20250627/ddm/005/070/099000c
原爆投下に言及するのであれば、核廃絶の決意を示すときでなければならない。
むしろ、トランプ氏の発言は核拡散のリスクを高めかねない。
紛争終結のためなら核兵器の使用もためらわないという米国の姿勢を示した、と受け止める国があっても不思議ではない。
イランが核開発を諦めず、北朝鮮が核兵器配備を加速させる可能性がある。ロシアや中国を交えた軍拡競争が激化する恐れもある。
理解に苦しむのは、日本政府の対応だ。林芳正官房長官は「歴史的事象の評価は専門家により議論されるべきだ」と論評を避けた。
トランプ氏が振りかざす「力による平和」が危険なのは、核兵器の使用が具体的な選択肢になりかねないためでもある。
「核の傘」に守られているとはいえ、核兵器の非人道性を訴え、使用すべきではないと繰り返し米国に働きかける。それこそが戦争被爆国としての日本の責務だ。
■中日新聞・東京新聞「広島・長崎発言 核廃絶の願い傷つけた」
https://www.chunichi.co.jp/article/1088995
国際法に反する軍事攻撃を正当化するため、比較対象として原爆投下という非人道的行為を安易に持ち出す態度は、今なお苦しみを背負い、核兵器廃絶を願う被爆者を傷つける暴言である。唯一の戦争被爆国である日本政府は断固抗議しなければならない。
トランプ氏が原爆投下を例に持ち出した背景には、原爆投下が太平洋戦争の終結を早め、米兵の犠牲を減らしたとする意見が、米国内の世論調査で今も過半数を占めているという背景がある。
とはいえ、原爆の犠牲者、後遺症に苦しむ被爆者とその家族の思いを一顧だにしない独善的態度には怒りしか覚えない。
被爆者を中心に長年、国際社会に対して核廃絶を訴えてきたことや、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が昨年、ノーベル平和賞を受賞したことを認識しているのかも疑わしい。
今回の原爆投下発言に限らず、トランプ氏の言動を黙認し続ける日本政府の姿勢も許されない。
■中国新聞「米大統領の発言 核使用の結末を直視せよ」
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/666843
解せないのは、自ら「唯一の戦争被爆国」と強調する日本政府が抗議も反論もしないことである。林芳正官房長官は「原爆投下は大変多くの尊い命を奪い、言葉に尽くせない苦難を強いた。人道上極めて遺憾な事態をもたらした」としつつ「歴史的な事象に関する評価は専門家により議論されるべきだ」と逃げた。
「歴史的事象」とはどういう感覚なのだろう。ヒロシマ・ナガサキは昔話ではなく、全人類にとっての生きた教訓だ。核施設攻撃を正当化する材料として使われたことを、黙って許してはなるまい。
広島市議会はきのう、原爆投下を正当化するトランプ氏の発言は容認できないなどと決議した。被爆地の議会として当然の反応だろう。
80年たった今なお、被爆者たちは心身に癒えない痛みを抱える。それでも「二度と同じ思いをほかの誰にもさせてはならない」との思いでつらい記憶を語り、核兵器は要らないと国内外で訴えてきた。
そうした地道な努力が核兵器禁止条約として実を結び、昨年の日本被団協のノーベル平和賞受賞にもつながったといえよう。しかしトランプ氏の発言は、その訴えが届くべきところに届いていない現実を突き付けた。私たちは声をより大きくしていきたい。
