プロ野球の元巨人選手、監督の長嶋茂雄さんが6月3日、89歳で亡くなりました。つつしんで哀悼の意を表します。
立教大から巨人に入団したのは1958年、昭和33年でした。1960年生まれのわたしは福岡県で過ごしていた小学生のころ、プロ野球にはさほど関心がありませんでした。当時の男児の中では少数派だったと思います。漫画「巨人の星」は読んでいて、主人公と絡むスター選手が現実の世界でもスターであることぐらいは知っていました。
現役引退の昭和49年(1974年)は中学生。新聞を読むのは好きでしたが、プロ野球への関心の低さは変わらず。引退セレモニーでの「永遠に不滅」発言はニュースで見た記憶があります。
「長嶋茂雄」の社会的な意味を考えるようになったのは、記者の仕事に就き、まがりなりにも「歴史」意識を持って社会事象を見るようになって以降でした。振り返って考えると、きっかけは1989年6月の“女王”美空ひばりの訃報だったように思います。「昭和」が終わり、平成になって間もなく。記者になって7年目でした。
新聞がまだ社会の中心にあって、隆盛を誇っていた時期。紙面は訃報を大きく扱いました。まさに「昭和」を追うように大スターが世を去ったのだと実感しました。敗戦の混乱から復興へ、同時代を生きた日本社会の人々の共通体験の一つがひばりの歌だった、だから訃報は大きなニュースなんだと、敗戦から15年後の生まれのわたしにも分かりました。
その2年前の1987年、昭和62年の7月には“タフガイ”石原裕次郎が亡くなっていました。「『戦後』と美空ひばり」の意味が分かるようになってようやく、「『戦後』と裕次郎」の意味も理解できました。
「長嶋茂雄」も、そうした同時代史の中でひときわ存在感がある「時代のアイコン」の一人なのだとわたしは受け止めています。現役選手で活躍した1960年代から70年代初め、日本社会は高度成長期でした。“九ちゃん”坂本九が歌ったヒット曲「上を向いて歩こう」が世に出たのは1961年。60年安保闘争を経て池田隼人内閣が「所得倍増」を掲げ、まさに日本社会が上を向いて歩き出し、日に日に「豊かさ」を実感していた時期の記憶に、長嶋さんの現役選手としての活躍は重なります。
その長嶋さんが戦後80年、昭和100年の大きな節目と位置付けられる年に亡くなりました。その歩みが同時代史に残した意義は、プロ野球にはさして関心がないままのわたしにも、よく分かります。長嶋さんの訃報が大きなニュースになりうる理由も、ここにあります。
東京発行の新聞各紙が、長嶋さんの訃報をどんな風に扱ったのか、6月4日付の東京発行6紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞、東京新聞)の朝刊を手元にそろえてみました。
新聞はニュースの格付けにこだわってきたメディアです。その日の紙面で、もっとも重要なニュースと判断した記事が1面トップです。6紙のうち、日経新聞をのぞく5紙が1面トップに据えました。日経新聞だけは、韓国の大統領に野党の李在明氏が当選確実になったことがトップでした。
6紙とも「評伝」記事を掲載し、社説でも取り上げています。1面の本記(事実関係を記した中心的な記事)、評伝、社説の見出しを一覧にしてみました。

各紙の本記、評伝、社説を読み、社会面と運動面にもざっと目を通しました。本記の主見出しは全紙「長嶋茂雄さん死去」でそろいました。2本目に全紙、「ミスタープロ野球」が入っているのは、業績をひと言で表すとこの言葉に尽きる、ということでしょう。評伝や社説では「時代」「照らす」がキーワードだと感じます。煩雑になるので運動面や社会面の見出しは載せませんが、各紙の紙面全体を見ると、キーワードとしてもう一つ、目に付くのは「愛」です。朝日新聞の運動面には「野球を愛した 誰もが愛した」の見出しがあり、毎日新聞の運動面にも「野球愛 貫いた英雄」、読売新聞は社会面の見開きに「野球こそ人生」「愛された人柄」の大きな見出しです。
各紙の記事はいずれも、長嶋さんの人となりをよく伝えている、と感じました。総じて各紙とも、長嶋ファン、プロ野球ファンにとっては読みごたえ、見ごたえのある追悼の紙面だと感じます。一方で、感じることがあります。長嶋さんやプロ野球にあまり関心がない人たち、選手や監督として活躍した時期を知らない若い世代の人たちが、この報道ぶりをどのように受け止めるだろうか、と。
長嶋さんの訃報のニュースバリューは、ファン以外の人たちにとっては、「時代のアイコン」の一人だったことに尽きる、とわたしは考えています。そのことをどう伝えるかが、「マス」のメディアである新聞の役割であり、課題だと思います。その観点から各紙の報道を見ると、多かれ少なかれ、報道の底流にあるのは長嶋ファン、プロ野球ファンの視線だと感じます。「戦後80年」や「昭和史」「同時代」の視点はあっても基軸は「野球愛」「長嶋愛」。「歴史観」を根底に据えた視点からのアプローチがうかがえる報道はほとんど見当たらない、というのが、わたし個人の率直な感想です。
そのことの適否を言うつもりはありません。長嶋ファン、プロ野球愛の視点も、そうではないわたしのような者にも多々、参考になることがあります。ただ、新聞は「マス」のメディア、つまりは社会の全ての人々を対象に、社会で共有すべきと判断した情報を伝えるメディアです。1面トップは、その日の中で最重要と判断したニュースを据える場所です。複数の新聞があるのだから、判断ももう少し分かれるのかと思っていました。日経新聞以外の5紙が1面トップでそろったことに、意外な気がしました。
新聞紙面を定期購読してもらっている読者層は年配の方が多いのは確かです。長嶋さんの活躍を知っていて、プロ野球にもなじんできた方が多い年代であるのもその通りだと思います。でも、仮に、だからそういう読者ニーズに合わせた紙面でいい、ということなら、新聞が「マス」のメディアではなくなることを新聞自らが選び取ることになりつつあるのではないか、とも思います。
若い世代にニュースを伝えるのは紙面ではなくデジタルで、ということかもしれません。新聞社・通信社各社にとって、デジタル展開と収益化は喫緊の課題になっています。収益モデルを持っている日経新聞以外の各新聞にとって、デジタルで巻き返しを図るには何が必要でしょうか。新聞づくりの組織ジャーナリズムが蓄えてきたものの中から、何をアドバンテージにできるか、なのだと思います。それがデジタルになじんでいる社会の若い世代に受け入れられるかどうかです。仮に、長嶋さんの訃報をそのままデジタルコンテンツにすれば、新聞を読まない若い世代も読んでくれるのか。ほかにどんなアプローチがあるのか。そこは新聞の側でも、後続の若い世代に任せるしかないのではないかと思います。でも、彼ら、彼女らに、アドバンテージにできるような何かをどこまで残せているのか。既に現役の時間を終えている先行世代の一人として、忸怩たる思いがあります。
ここまでこの記事を書いてきて、一日たった6月5日付朝刊で日経新聞が社会面に掲載した記事が目にとまりました。「呼び覚ます戦後の光と影」「同世代のミスター・ひばり・裕次郎」の見出しの下に、ユニホーム姿の長嶋さんを真ん中に、美空ひばり、石原裕次郎の3人の写真を並べています。大島三緒編集委員の署名入り。書き出しは以下の通りです。
長嶋茂雄さんが世に出たころの雰囲気を探ろうと、1950年代後半の芸能雑誌や女性誌をひもといてみた。じつにひんぱんに登場するのは、石原裕次郎と美空ひばりだ。そしてスポーツ選手のトップスターは、いきなり長嶋さんである。
あらためて思い出したことがあります。3人が生まれたのは、1934年(昭和9年)12月から1937年5月。「3人とも、ほぼ昭和10年代の生まれといっていい。そこにひとつの意味がある」。そうでした。
高度成長の中軸を担ったのは大正期から「昭和一ケタ」生まれの世代でした。わたしの両親も昭和一ケタ。その世代と異なる価値観を持った世代の出現の象徴として、「昭和二ケタ」という表現が当時の社会にはありました。
日経の記事には以下のようなことが紹介されています。
「ママには分からない パパにも分からない…昭和10年以後に生れた私たちだけのセンス!」
雑誌「婦人生活」59年7月号に載った、ある化粧品の広告にこんなフレーズが見える。スポーツカーのハンドルを握る女性に添えてこの言葉が躍る。
(中略)
いわば、元祖「戦争を知らない子供たち」の登場だ。タフガイも女王もミスターも、戦後日本の自由な空気を吸って育った最初の世代の中から生まれたのである。
「長嶋愛」から距離を置き、「長嶋茂雄」を相対化して、戦後史の中に位置づけることを試みた記事だと感じます。長嶋さんのことも、ひばりも裕次郎もよく知らない若い世代に、ぜひ読んでみてほしいと思いました。
以下に記録として、東京発行の6紙の6月4日付朝刊について、関連記事の掲載ページ数と、1面の扱いと見出し、社会面の主見出し、社説の見出しを書きとめておきます。
【朝日新聞】計7P=1面、10面(社説)、12・13面(スポーツ)、17面(都内版)、22・23面(社会)
▽1面
トップ「長嶋茂雄さん死去/89歳 ミスタープロ野球」
評伝「時代を照らし続けた太陽」
※準トップ「韓国大統領に李在明氏」
▽社会面見開き
「ミスター 輝き不滅」「ON砲 永遠のコンビ」
▽社説「長嶋さん逝く 時代の波動 映した生涯」
【毎日新聞】計8P=1面、5面(総合)、6面(経済)、13面(写真特集)、14・15面(スポーツ)、20・21面(社会)
▽1面
トップ「長嶋茂雄さん死去/ミスタープロ野球/89歳 巨人V9 ONでけん引」/「王さん『特別な存在』」
※準トップ「韓国大統領選 李在明氏優勢」
▽社会面見開き
「ON永久に不滅」「燦燦と 背番号3」
▽社説「長嶋茂雄さん死去 野球超えて日本湧かせた」
【読売新聞】計14P=1面、2・3面(総合)、4面(政治)、7面(国際)、9面(経済)、14~17面(スポーツ)、20・21面(都内版)、24・25面(社会)
▽1面
トップ「長嶋茂雄さん死去/ミスタープロ野球/89歳 『ON砲』巨人V9」/「『父の頑張り一生忘れない』次女・三奈さん」
連載企画・長嶋茂雄物語1「立教 スターの原点」
※「韓国大統領選 李在明氏当確」
▽社会面見開き
「野球こそ人生」「愛された人柄」
▽社説「長嶋茂雄氏死去 時代照らした永遠のミスター」
【日経新聞】計4P=1面、2面(社説)、33面(スポーツ)、35面(社会)
▽1面
3番手「長嶋茂雄さん死去/元巨人監督 ミスタープロ野球 89歳」
※トップ「韓国大統領に李在明氏」/ 準トップ「トヨタグループ抜本再編」
▽社会面トップ「日本励ましたミスター」
▽社説「戦後日本を照らした長嶋氏」
【産経新聞】計10P=1面、2・3・5面(総合)、9面(経済)、12・13面(スポーツ)、16面(都内版)、18・19面(社会)
▽1面
トップ「長嶋茂雄さん死去/ミスタープロ野球/89歳 ONコンビ 巨人V9」
※準トップ「消費減税 参院選掲げず」石破首相単独会見/3番手「韓国大統領に李在明氏」
▽社会面見開き
「背番号3 夢とともに」「名言 記憶に残る」
▽社説(「主張」)「長嶋茂雄さん逝く 皆に愛される巨星だった/戦後日本の活力を象徴した」/高度成長期と共に歩む/系譜を継ぐ新星よ育て
【東京新聞】計6P=1面、5面(社説)、6・7面(スポーツ)、18・19面(社会)
▽1面
トップ「長嶋茂雄さん死去/ミスタープロ野球 89歳」
サイド「高度成長期 夢と希望重ね」
※準トップ「野党・李在明氏が優勢」
▽社会面見開き
「ミスター不滅の絆」「不屈のガッツ」
▽社説「長嶋さんを悼む 時代照らしたミスター」