以下の内容はhttps://news-worker.hatenablog.com/entry/2025/01/15/214347より取得しました。


第三者を交えた「検証」が検察に必要~袴田さんの冤罪 新聞各紙の社説、論説

 再審無罪が確定した袴田巌さんの冤罪事件に対し、最高検と静岡県警が昨年12月26日に公表した捜査や公判の検証結果のことは、このブログの以前の記事に書きました。特に最高検に対しは、全体として自己弁護に終始し「検察は悪くない」とだけ主張しているとの印象であって、「検証」と呼ぶに値しないと考えています。

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 昨年末から年明けにかけて、この問題を取り上げた新聞各紙の社説、論説が目に止まりました。総じて、検察の検証結果への批判や厳しい指摘が共通しています。いくつかの社説、論説が指摘しているように、検察は今からでも、第三者を交えた「検証」の名に値する検証に取り組むべきです。それなしには、真の反省も信頼の回復もなく、冤罪の再発防止も期待できません。

 全国紙5紙では、朝日新聞以外の4紙(毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞)が取り上げています。地方紙では、信濃毎日新聞が年内最後の12月31日付で、長文の社説を掲載し、検察や警察だけでなく裁判所の責任に言及したほか、新聞を含むメディアの当事者性にも触れ「事件報道のあり方を自ら絶えず検証し、刑事司法の現状に報道機関として厳しく向き合っていく姿勢を再確認したい」と記しているのが目を引きました。
 以下に、各紙のネット上のサイトで確認できた社説、論説の見出しと、全文が読めるものは印象に残る部分と、リンク先を書きとめておきます。
 ※信濃毎日新聞の12月31日付社説は1月15日夜の時点で、会員のみの公開になっています

【12月28日付】
■毎日新聞「袴田さん捜査の検証 冤罪を直視しない不誠実」
https://mainichi.jp/articles/20241228/ddm/005/070/095000c

 いずれの検証も冤罪(えんざい)を生んだ理由の分析には踏み込んでいない。
 最高検は「無罪の結論を否定するものではない」としながらも、「逮捕、起訴に問題はない」と言い切った。最後まで有罪だと主張したことを含め、裁判への対応もおおむね適切だったと強調した。
 反省する姿勢はうかがえない。責任の所在を明確にしておらず、極めて不十分な内容と言わざるを得ない。組織内部での検証には限界があり、第三者の目を入れることが必要だ。

■産経新聞「最高検の検証 未来に資する深き反省を」
https://www.sankei.com/article/20241228-GZXTRG2HMVJKDOVSHD2NHUN5LA/

 大阪地検の証拠改竄(かいざん)事件の反省を受け、平成23年に定めた「検察の理念」はその基本姿勢について、こう示している。
 「有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない」
 「我々(われわれ)が目指すのは、事案の真相に見合った、国民の良識にかなう、相応の処分、相応の科刑の実現である」
 今回の最高検の検証結果は自らの面子(めんつ)に偏重した自己弁護としか読めず、「理念」にかなう検証姿勢ともいえない。

■東奥日報「検察への不信は根深い/袴田さん事件検証」
https://www.toonippo.co.jp/articles/-/1930399

 「非人道的な取り調べ」など再審判決の厳しい指摘に向き合いながらも、捜査側のメンツを保とうと腐心したことがうかがえる。しかし不適正な取り調べはその後も絶えず、検察への不信は根深い。来春にも本格化する見通しの再審制度見直し議論に真摯(しんし)に取り組む姿勢が求められよう。
 (中略)
 事件の検証で最高検が捏造否定に最も重きを置こうとしたのは想像に難くないが、反論は発覚のリスクを冒すはずがないなど一般論に終始し、説得力に乏しいと言わざるを得ない。そうした独善的な姿勢が冤罪(えんざい)を招いたと肝に銘じるべきだ。事件から既に58年がたち、新たな証拠や証言を得るのは難しいにしても、せめて第三者による検証が必要ではないか。

■大分合同新聞「袴田さん事件検証 検察への不信は根深い」
■熊本日日新聞「袴田さん冤罪検証 証拠捏造を反省すべきだ」

【12月29日付】
■山陰中央新報「袴田さん事件検証 検察への不信は根深い」
■愛媛新聞「袴田さん冤罪検証 原因解明へ第三者交えた分析を」

【12月30日付】
■琉球新報「袴田さん再審無罪検証 冤罪生まぬ改革が必要だ」
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-3818674.html

 最高検の報告書に、捏造を否定する具体的な根拠が示されたとは言い難い。静岡県警の検証結果についても、多くの関係者が亡くなっていることなどから、捜査員の聴取対象は6人にとどまり、いずれも当時は衣類にかかわる捜査に携わっていなかった。
 「身内」での調査に限界がなかったか。地裁が捏造認定したにも関わらず、否定の主張を繰り返したり、曖昧なままで終わらせたりしては、国民からの信頼は得られない。検察、警察の双方には、第三者を含めた再検証を求めたい。
 免田事件などこれまで再審無罪となった事件では、警察などによる検証がなされたか不明なケースもある。冤罪を生まない対策を講じるためにも各事件の検証が必要だ。

【12月31日付】
■信濃毎日新聞「冤罪と刑事司法 誤りを直視すること」/裁判所も問われる/憲法に照らして/再審制度を改める
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024123100049

 再審の判決で静岡地裁は、犯行時の着衣とされた「5点の衣類」や袴田さんの自白調書を、捜査機関の捏造(ねつぞう)と断じた。検察は控訴こそ断念したが、検事総長が談話を出し、強い不満を表明した。何ら具体的な証拠や根拠が示されていないなどと反論している。
 先週、最高検察庁が公表した検証報告もその延長上にある。無実の人に死刑を科す重大な冤罪を引き起こし、再審による被害回復にも立ちはだかった責任に向き合う姿勢は見えない。組織内部での検証の限界があらわだ。
 検察とは別に静岡県警が公表した調査結果も、元捜査員らから一通り聞き取りをしたにすぎない。独立した機関を置き、事件の全体を検証し直す必要がある。
裁判所も重い責任を免れない。
(中略)
 新聞を含むメディアも、報道によって冤罪に加担した当事者である。事件報道のあり方を自ら絶えず検証し、刑事司法の現状に報道機関として厳しく向き合っていく姿勢を再確認したい。
(中略)
 冤罪による死刑が現実になりかねなかった事件はまた、死刑制度を存続する是非を問うている。元検事総長や元警察庁長官を含む学識者らの懇話会は、制度を根本的に再検討する会議体を国会、内閣の下に設けることを提言した。
 死刑は、国家が人の命を奪う究極の刑罰であり、誤って執行されれば取り返しがつかない。社会に議論の場を広げ、国会、政府を動かす働きかけを強めたい。

【1月7日付】
■読売新聞「袴田氏無罪検証 再審の制度改革に教訓生かせ」
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20250106-OYT1T50197/

 検察官は「公益の代表者」である。重要なのは事件の真相解明であって、容疑者をただ有罪にすればいいわけではない。そのことを改めて肝に銘じてほしい。
 裁判所の責任も重い。袴田さんの再審無罪を言い渡した裁判長は「長い時間がかかり、裁判所として申し訳ない」と謝罪した。
 再審の進め方に明確なルールはなく、基本的に裁判官に任されている。判断が難しい再審は、裁判官が積極的な訴訟指揮を行わず、審理が進まないケースもある。
 袴田さんは逮捕から無罪確定まで58年を要した。教訓を今後の刑事司法に生かすことが大切だ。

【1月8日付】
■中日新聞・東京新聞「袴田さん無罪 最高検の検証、不十分だ」
https://www.chunichi.co.jp/article/1008872?rct=editorial

 最高検は今回の検証に当たり、関係者への聞き取りや証拠品の再調査などは行わなかった。検証は形ばかりと言わざるを得ない。
 何より、検証は検察自身の手によるもので、客観性も乏しい。発生から無罪確定まで58年もかかった事件を、わずか3カ月で検証し終えたことも疑問だ。
 元厚生労働省幹部を有罪にするため、特捜部が押収したフロッピーディスクのデータを書き換えていた2010年の大阪地検の証拠改ざん事件では、最高検が捜査に乗り出して立件した。さらに法相の諮問機関「検察の在り方検討会議」を立ち上げ、有識者が検察捜査の問題点を提起した。
 今回の検証では、そうした姿勢が見られない。半世紀にわたり、袴田さんに死刑の恐怖を味わわせた人権侵害の深刻さを理解しているのか。

【1月9日付】
■秋田魁新報「再審制度見直し 冤罪救済へ法改正急げ」
https://www.sakigake.jp/news/article/20250109AK0018/

 冤罪被害から救済することはもちろん、冤罪を防ぐことも重要だ。袴田さんの再審無罪判決で静岡地裁は、確定判決で認められた証拠を捜査機関の「捏造(ねつぞう)」と断じ、排除した。
 最高検と静岡県警は昨年末、袴田さんに対する捜査や裁判手続きの検証結果を公表。誤った先入観で犯人と決めつけ、高圧的な取り調べをしたと認めた一方、証拠の捏造は「現実的にあり得ない」(最高検)と従来の主張を繰り返した。
 専門家は第三者による検証を求めている。袴田さんに想像を絶する苦しみを与えたことを重く受け止め、外部の視点を入れた検証を踏まえて再発防止を図るべきではないか。

【1月10日付】
■日経新聞「袴田さん再審検証を制度改正に生かせ」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK094740Z00C25A1000000/

 警察による不適切な取り調べを認めたものの、無実の袴田さんに死刑を言い渡し、救済に長い歳月を要したことへの分析と反省は不十分だ。自らの誤りを直視しているとは言い難い。教訓を生かすためには、再審制度そのものの見直しが急務だ。
 再審手続きをめぐっては検察が当初、証拠の開示に消極的だったことや、抗告を申し立てたことが審理の長期化を招いたとの指摘がある。この点について最高検の報告書は「対応に問題はなかった」とし、裁判所の訴訟指揮が理由であるような主張も展開した。自己弁護に終始していると言わざるを得ない。
 静岡地裁判決が指摘した「捜査機関による証拠の捏造(ねつぞう)」は認めなかった。だが根拠に乏しく、多くの国民が抱いたであろう不信感を払拭できるとは思えない。事件から半世紀を経て調査が難しいのは事実だが、第三者による検証が必要ではないか。

■京都新聞「袴田さんの捜査 第三者の検証が不可欠」
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1402567#goog_rewarded

 なぜ無実の死刑囚を生み、58年もの歳月を奪ってしまったのか。その重大性への反省を欠き、二度と同じ過ちを繰り返さないという真摯(しんし)な姿勢が感じられない。
 (中略)
 静岡地裁が昨年9月の再審判決で「非人道的」と指弾した取り調べについて、最高検は「検察官が犯人であると決め付けたかのような発言をしながら自白を求めた」と認め、県警は深夜まで長時間に及ぶ取り調べが「不適正だった」とした。
 しかし、判決で認定された捜査機関による「証拠の捏造(ねつぞう)」については反発し、自己弁護に終始している。
 事件の約1年2カ月後にみそタンクから見つかり、犯行着衣とされた5点の衣類の捏造に関し、最高検は「現実的にあり得ない」と強く反論した。だが、具体的な根拠は示しておらず、感想に等しい。まったく説得力がない。
 最高検は、公判資料などにとどまり、当時の検察官らに新たな聞き取りもしていない。責任の所在も明確ではなく、何を検証したというのか。

■南日本新聞「[袴田氏事件検証] 過ちに向き合ったのか」

【1月13日付】
■河北新報「再審見直し、法制審へ 法務・検察の自己改革こそ」

 

 




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