静岡県の一家4人殺害事件で死刑判決を受けながら、再審無罪が確定した袴田巌さんの冤罪事件に対し、最高検と静岡県警が12月26日に捜査や公判の検証結果を公表しました。報道でそれぞれの要旨を目にした限りのことですが、静岡県警の検証結果には、ある種の率直さも感じる一方で、最高検は全体として自己弁護に終始し「検察は悪くない」とだけ主張している、との印象です。最高検は「無罪の結論を否定するものではなく袴田さんを犯人視していないことを改めて付言する」としていますが、それは字面の上のことだけであって、そもそも「検証」に値するような内容ではないし、これでは冤罪の再発防止は期待できません。
特に最高検の主張で疑問に思うのは、静岡地裁の再審無罪判決が指摘した5点の衣類などの証拠の捏造についてです。最高検、静岡県警とも、捏造があったことは認めませんでした。静岡県警は、捏造がなかったことを明らかにする具体的な事実や証言が得られなかったことも併記しましたが、最高検は「現実的にあり得ない」と完全に否定。対照的なトーンです。最高検の主張に具体的な事実に基づく根拠は示されておらず、主観を述べているだけ。「否定ありき」だと受け止めました。「現実的にあり得ない」と言うのなら、そもそも冤罪自体が現実にあってはならないことです。冤罪を認めて再発防止を期すと言うのなら、証拠の捏造が「あった」ことを排除せずに経緯の解明に努めることが必要なのに、最高検の主張からはそうした姿勢はまったく感じられません。多くを語るまでもなく、組織の劣化は極まっています。
最高検の検証結果に対しては、袴田さんの弁護団や、再審制度に詳しい識者らからも批判や厳しい見方が挙がっていることが、新聞各紙の報道でも紹介されています。目についた各紙の主な記事の見出しを書きとめておきます。いずれも27日付の朝刊紙面です。
【朝日新聞】
1面トップ「検察『犯人視し自白要求』/袴田さん冤罪検証 証拠捏造は反論/静岡県警『取り調べ不適正』」
社会面トップ「三つの捏造 認めず」「再審判決の認定 最高検、強く反論/『現実的にあり得ない』/請求審に40年超『問題なし』」「『検察の自己弁護』」/「弁護団『第三者による検証を』」
【毎日新聞】
1面トップ「袴田さん取り調べ 不適正/静岡県警・最高検が検証/物証の捏造認定せず」
社会面トップ「袴田さん側『検証不十分』」「県警 捏造の有無 結論至らず」「検察 再審長期化の責任否定」/「『裁判なぞっただけ』弁護団失望」
【読売新聞】
1面「最高検『犯人決めつけ』/捜査検証 県警『取り調べ不適正』 袴田さん」
社会面トップ「『証拠捏造』認定せず」「県警『証言得られず』・最高検『非現実的』/弁護団『もっと調査を』」/「再審長期化『裁判所の方策不十分』」
メディア総合研究所が編集・発行している「放送レポート」の2025年1月号(312号)に「袴田事件からみる『司法とメディア』」が掲載されています。司法担当記者の経験を持つ記者、元記者の3人と編集部の座談会記事です。
袴田さんの冤罪事件の底流には、当時の新聞の犯人紙報道がありました。マスメディアもこの冤罪の一方の当事者です。そのことを踏まえて、座談会は文字通り「司法とメディア」の構造的とも言える問題をさまざまに明らかにしています。
袴田さんの再審無罪が確定するまでの長い年月の間に、マスメディア自身が主体的に自己検証する機会があったはずなのにそうならなかったこと、自白偏重の人質司法の問題などにも必ずしも積極的に取り組んできていないこと、検察、とりわけ特捜検察の事件では捜査の行方を追うことに熱心な反面、強引な取り調べの指摘は以前からあったのに、組織として切り込む姿勢がなかったこと、などなど。逮捕偏重の事件報道から、裁判重視への報道への移行の提言も紹介しています。
メディア総合研究所が2011年2月に発表した「提言・検察とメディア」も再録しています。当時、提言をまとめた根底には、前年の大阪地検特捜部の主任検事による証拠改ざん事件の背景に、特捜検察礼賛とも言えるマスメディアの報道姿勢があったのではないか、との問題意識がありました。この提言を読み返しても、書かれていることの大半は今も課題としてそのままある、との思いを強くします。大阪地検の事件から14年以上もたつというのにです。そして現在の検察の劣化ぶり、危機的と言ってもいい状況は、マスメディアが検察に対する監視機構を発揮してきたのか、という問題と表裏一体だとあらためて感じます。
※メディア総合研究所 https://mediasoken.org/index.php
※「放送レポート」312号 発売は大月書店
※2011年の「提言・検察とメディア」はこのブログでも紹介しました。全文が読めます。見出しは以下の通りです。
・はじめに――「検察改革」のためにメディアの姿勢が問われるべき
・検察との距離を見つめ直そう
・取材体制と仕事の評価も再検討を
・人質司法など、刑事司法の構造問題の批判を
・司法全体にも批判的な視点を
・捜査の全面可視化と証拠リスト開示義務
1.捜査の全面可視化
2.検察の手持ち証拠リスト開示義務

ことし1年、検察組織の危機的状況がさまざまに露呈しました。このブログの関連の記事はカテゴリー「検察とマスメディア」にまとめています。マスメディアの公権力の監視機能が十分に働いているかどうかと表裏一体の関係です。取材報道の現場の頑張りに期待しています。