世界が崩れている。
自分にとって大事なものは何だろう… 本心はきっとどうでもいい。
君が全てでなかったから、苦しさが降り注いだままなんだ。
全てでなければいけない。
でも出来ない、考えたくない。
言葉が沈む、枷をかけられたように。
moment
気づくと朝になっていた。
どうも飲んだまま横たわっていたようだ。
(あっ、メールが)
急いで開いてみる。そこにはリカからの空メールが一通。
(何かあったんだろうか)
それが普通か分からなかったが、自分なら興味のない相手にわざわざ空メールを送ったりしない。
(間違うにしてもアドレス入れる時点で気づきそうだけど)
とりあえず返信しておく。
「返せなくてすいません。昨夜は飲んだまま寝ていたようです、何かありました?」
今日は部下への引継ぎを兼ねて取引先への挨拶に行かねばならない。
メールが入る。部下の幾多だ。
「主任、今日はよろしくお願いします。私、気合入ってるんで5時に起きちゃいました」
女性社員で、入社4年目だが中々のやり手で、上司とも話し合い、僕の負担を減らす意味でも彼女に一社を任せることにした。
返信する。
「今日は頼むよ!私は一緒に行くけどなるべくサポートに回るんで、自分の存在をアピールせよ!」
「イエッサー!」
他にも二人部下がいるが、あまり面倒ではないところを任せている。
(これでまた次のステップを踏めるんだ)
仕事人間で行こうと前向きになっていた。
リカからの返事は来ない。
何か胸につかえた様な気持ちが残ったままだが取り合えず仕事へ向かう。
会社に着くと先ずはコーヒーを買い、部署内でミーティングがてらお互いの悩み、状況を話し合う。この職場はいい場所だ、上司に恵まれたおかげで雰囲気良く仕事ができる。
今、この時は嫌なことも忘れて仕事に没頭できた。
「よし、時間だ。いくか!」
「はい!お願いします!」
幾多が僕の事を見ている。
「主任、もしかして昨日良く寝れてません?目が充血してますよ」
「あぁ、問題ないって、つい昨日映画見ながら飲んでたらそのまま寝てたみたいでな」
適当な嘘をつく。いや、飲んだまま寝てしまったのだから嘘でもない。
「体調管理が出来ていないと思われますから、私運転するんでそこら辺のコンビニでアイマスクでもして休んでてください!」
「お前道分かるの?」
「こないだリサーチ済みです♪」
流石に感心してしまった。
高校生でも通りそうな見た目だが、しっかり者で、これから徐々に育てていこうと思っていた。
逆に主導権を持っていかれているではないか。情けない… いや、ここは助かる、と思っておこう。
これからフォローすることもあるだろうし、どっしりと。
無事幾多への引継ぎも終わった、営業先での幾多の印象も良かったようだ。
「よし、朝は面倒かけたからな、お昼は御馳走するよ」
「えっ!?ホントですかー!なんでもいいですか??」
高いもの言わなければいいが、言っても奢ってやろう。
流石にかっこ悪いところを見せてはな。
「わたしー、こないだ出来た回転すし屋に行きたかったんですよ、ここら辺になかったじゃないですか」
廻らないところでなくてよかった。
(そういえば部下を連れてランチなんて最近なかったな)
「主任、ここですよ!」
中々雰囲気のある作りだ。
「なんでも好きなの頼みなよ、ここで気を使われたら情けないからな」
「は~い」
ホントに遠慮はしないタイプなので、かえってこちらも気を使わなくて済む。
「主任、前から聞きたかったんですけど、聞いても怒りません?」
「ん?いいけど」
「今彼女っていますか?」
まさか聞かれると思ってなかった。
「今は…、フリー」
「ごめんなさい、気を悪くしました?主任って面倒見がいいし、優しいけど、言う時は言うからモテるのかなって思って」
思い出したくなかった。
幾多も悪気があっての事ではない事はわかっている。
あまりに最近の事だったから。
「お前、それより早く食べないとお昼終わるぞ」
「アッ、そうですね。食べましょ!ん~美味しい!」
良く笑うやつだ。
携帯が気になる。メールが一通入っていた、リカからだ。
「ごめんなさい、何も考えられなくなって、今度話します。シュウさん仕事頑張ってね」
(流石にここでは返信しているのはな)自社へ向かう。
「どうかしました?」
ホントに感のいい奴だ、もし彼氏が出来たらあまり詮索するなよと言っておこう。
「ああ、ちょっと買い物したんで到着日が今日だったんだよ」
つい適当なことを言ってしまった。
それを理由に早く上がろう。
ここのところ毎日遅かったので上司も快く帰してくれた。
あれから4時間は経っただろうか、車に乗るなりメールを送っておく。
「今日は早く上がれました、何かあったんなら話聞きますよ!」
送信後自宅へ向かう。(何事もなければいいけど)
late at night
あれからどれくらいたったのだろう。
我に返っても家に帰る気になれない。むしろ帰りたくない。
あれは家じゃない、ヘドロの沼だ。
確信が一つだけあった。あの家族は絶対に通報しない。
“恥“をかきたくない、あの姑にはそのことしか頭にないのだ。
夫も義母に言われ電話しただけだろう、電話は一度だけ、メールはしない人だから。
息子の事が心配になってくるが、足がすくむ。
こんな恐怖が他にあっただろうか。
カナの両親は小さいながらも建設会社を営んでおり、その地域では有名で父親も豪気な人がらで、地域の人からも好かれていた。
だが反面、子供たちには非常に厳しく、結婚の報告をしに行った時、夫が付いてこなかったことに腹を立て、嫁ぎ先へ乗り込んでガラスの灰皿で殴り掛かったことがあった。
カナを思えばこそ、ともいえる。
だから母も結婚には反対だった、カナには以前精神に疾患を抱えていた。
中学生時代のいじめが原因だった。
「いいか、カナ!あんな常識のない奴と結婚するんなら家には帰ってこない覚悟で行けよ!でなきゃ結婚なんかやめろ!」
「お父さん、もう仕方ないじゃない。 カナ、私も考えはお父さんと同じだよ。嫁ぐってことはそういうこと、お父さんの言い方はキツイけどわかるでしょ?」
もう引き返せないところまで来ていた。
別に好き同士でもなかったが、あちらの母親が良くしてくれて、(これならやっていけるかも)と自信があったのだ。
いざ嫁いでみると態度は急変した。
毎日マインドコントロールの様に「あんたは嫁なんだから全てしなきゃ、気遣いも出来ないの?もう少し気を回しなさいよ」
買う前の商品と買った後の商品の違いだ。
自分の鈍さを呪う。
今更なのは分かっている。
もう家出をしてしまったのだから…
行く当てもない。夜が更けていく。
どうしたらこの気持ちから解放されるだろう。
(シュウ君…)
メールを送ろうとする、こんな事言えない。ついそのまま送ってしまった。
返事は来ない、こんな夜中じゃ無理もない。
その時メールが来た。
「姉ちゃん、今なにしてんの?あいつから電話来たよ。知らないって言っといたけど、なんかあったんなら家に来なよ」
妹だ、カナは兄と妹がいて、兄は出向組で殆ど会うことがなかったが、妹は専業主婦、旦那はカナの夫とは違い愛想のいい男だった。
「今、公園。多分O町」
「分かった、今迎えに行くから隠れてな、ついたらハザード出すから合図ね」
助かった、と同時に頭が真っ白になる。
10分程しただろうか、ヘッドライトが見えたので夫のじゃないか確認をし、車へ急ぐ。
「ごめんね、リナのところに連絡行ったの?」
「そう、あいつお母さんから言われて電話したんだって、お姉ちゃんの事全然心配してないじゃん」
やっぱりそうだ。
今更愛情など欲しくないが、実家に電話したくなくて妹に聞いたのだろう。
「何も食べてないんでしょ、今夜は止まってゆっくり休みな、旦那に言ったら全然いいよって」
いつもは自分勝手に見える妹が、今は凄く頼もしく感じる。
「ありがとう、お腹すかないからシャワーだけさせて?」
「うぅぅっ…」
シャワーに打たれながら泣き崩れる。
ホッとしたところで込み上げてくる烈情、そして咽び泣く。
もうあの日常には戻れない。息子も取られるだろう、今更戻っても我慢する自信がない。
カナにとって何が希望なのか、もう彼女本人ですら分からない。
(私という世界が終わればいい)
そう、私は『私』として必要とされていないのだから。
意識が遠のく。
