6月13日、イスラエルがイランを空爆することではじまった、イスラエルとイランの応酬。12日間続き、6月22日に停戦合意、小康状態に。
著者は、この件の日本メディアの報道には、イスラエルとアメリカに武力行使に批判的な形をとりながらも、イランの核開発政策に問題の根幹があるとする論調が目立ち、違和感を覚えたという。nuclear は「原子力開発」ではなく「核開発」と訳され、イランの「平和利用目的の原子力開発」だという主張は最初から否定されていた。
著者からすると、かつてのイラク戦争を正当化したレトリックや事実誤認が反復されており、もうあのときの失敗を忘れているのか、と。しかし、2003年のイラク戦争の際に出版された書籍のほとんどが絶版ないし在庫切れで、読み返すこともできなくなっている。
そこで、あのイラク戦争の経緯を『世界』9月号にまとめてくれています。ぜひ読んでみてください。
ブッシュのイラク戦争については、TIMEに載った米軍のイラク撤退時のときの最高責任者(?)の写真。平服でしたが足元が軍靴で、この写真が撮られた直後にヘリコプターで脱出したんでしたかね、なんか切羽詰まった印象を与える写真。
高橋和夫『イスラム国の野望』(幻冬舎新書)によると、アメリカはよく考えて現地を治め、地域を安定させていたのですが、イラク側にその成果を引き継ぐ準備ができていなかったそうです。米軍の撤退後、また混乱、イスラム国が台頭。
米軍のアフガニスタン撤退は、ニュースで見る限りたいへんぶさいくなかっこうになり、バイデンさんは損な役回りとなりました(「選挙を盗まれ」て下野していたトランプは、ある意味ラッキーでしたね)。そしてニュースを見てるだけの者としての感想なんですが、あの映像を見てプーチンが「(……よーっし!)」になっちゃったんじゃないか、と。
現在のイスラエルとアメリカの関係は、かつてのシリアのアサド政権とロシアの関係を連想させられます。力関係としてはロシアが強者ですが、アサドは狡猾にロシアを利用していた。
そして、いまガザの飢饉についてのネタニヤフの答弁は、かつてのアサドの弁明を連想させられます。あのころのアサドのインタビューを見ると、「ああいえば上祐」にスパイスぶち込んでタジン鍋で煮詰めたような印象だった。シリアは内戦だったということで、いまのイスラエルとガザほど大きく報道されていませんでしたが、起こっていたことは現在のイスラエルとガザによく似ていましたね。