以下の内容はhttps://nessko.hatenadiary.jp/entry/2025/07/17/063038より取得しました。


社民党についてのあるXのポスト

メモとして。

 

小泉郵政選挙のとき、郵政民営化に反対だった私は、候補者の中で唯一郵政民営化反対だった共産党の候補に投票し、比例区共産党に入れました。まさか自分が国政選挙で共産党に投票することになるとは。でも、そのときは投票できるのが共産党しかありませんでした。

 上のポストを読んで、そんなことを思い出しました。

 

日本が二大政党制でなくてよかった。アメリカも、日本でニュースだけ見ているとわからないだけで小政党はあるのかもしれないですが、日本から見ると二大政党からどっちかを選ぶしかない。

 日本で一時期、米英のような二大政党制に! という声が大きくなって、それは政権交代させろ! とほとんど同じ声だったですよね。その昔は自民党内での派閥争いによる疑似政権交代があったのですが、自民党じゃなくて民主党に政権を! みたいな(しかし、そのための小選挙区制とか、はなしずれますが、いま某政党にロシアが噛んでいるという情報がネット上に浮遊してますが、そういう方向に想像力膨らませていいのなら、あの民主党ブームは元祖ネオリベの伝道師小沢一郎に主導されてて、だからアメリカ方面の息がかかってなかったのでしょうか? 結果的に、自民党は従来の良さを削られて、新自由主義寄りに(そのころの民主党的な傾向を持つように)なってしまいました。)

 小選挙区制度だと、いったん弱小化すると政権は遠のきますね。でも、もしかしたら逆転の目もあるのかもしれない、ということでしょうか?(じっかんとしてはそれはめんどそうとしか……)

 

 中井久夫『「昭和」を送る』に2008年から2010年の時評も収められていて、その中から「「雪崩」の背景を読む」の一節を紹介しておきます。

 私たちは奇妙な時代にいる。一つの政党が選挙で圧倒的大多数を占める場合があった。小泉政権の五年半で、日本を作りかえてしまおうという勢いだった。別の場合はぎりぎり多数であって、少数党を加えてようやく与党が与党になれる。その結果、少数党が多数党をふりまわす結果になった。

 では、どちらの弊害もない場合があるのか。私には思いつかない。これは、そもそも、二大政党制にしなきゃ民主主義が実現しないという勢いでキャンペーンが行われた結果である。

 戦前にも二大政党制が行われた時代があるのを、私たちは忘れている。昭和初期の八年間である。争点はいろいろあっただろうし、今日に名を残す名政治家もいたが、たいていは大勢に従って右傾化してゆき、中国との本格的な戦争が始まったら、政党は解消して一つの「大政翼賛会」になった。これは、政治を全面的に肯定し支持する会という意味であろう。少数の非翼賛議員は追い詰められていった。

 そういえば「小さい政府」も経験済みである。戦前の政府は軍備に予算をとられ、ずいぶん小さい。昭和初期の東北に飢饉が起こっている。これは道州制にも関係する。地域の問題はそこからの税金のあがりで賄っていたから飢饉になったと聞いたことがある。(後略)

(引用元:中井久夫『「昭和」を送る』 「「雪崩」の背景を読む」 p.241-242)

くわしくは、中井久夫『「昭和」を送る』(みすず書房)を読んでみてください。

 

 

 




以上の内容はhttps://nessko.hatenadiary.jp/entry/2025/07/17/063038より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14