2000年に週刊文春に連載した時評的エッセイをまとめたもの。
ニュースでフジテレビのことが出てくる昨今ですが、「<隙間タレント>とBSデジタル放送スタート」という章で、当時のテレビについての小林信彦の意見が書かれています。
BS放送が一挙に増え、デジタル放送は画質がいいとの売り文句だが、入れ物だけ作っても中身がないのではどうしようもない。そして当時のテレビ局、まずNHKへの批判からはじまり、民放に目を移せば<一望の荒野><隙間タレントの行進>、こんなものを高画質で見せられてもありがたくない、とぼやいている。以下は、フジテレビとテレ朝の番組が<放送と青少年に関する委員会>から批判的見解を発表されたことを受けての文。
フジテレビは<ばかっぽさ>を売り物にしている局で、約二十年、恥知らずの一点で居直ってきた。一方、テレビ朝日は「ニュースステーション」しか売り物がない局で、テレビ東京に追い抜かれそうな状態だ。
東京のチャンネルでいえば、フジテレビは8、テレビ朝日は10で、この二局はテレビ局として後発である。この二つの局が、NHK(1)、日本テレビ(4)、TBS(6)に追いつくために、いかに苦労したか、または苦労しなかったか、という初期の姿は、「文藝春秋」1月号から連載の「テレビの黄金時代」にくわしく描写するつもりだから、興味のある方はぜひ読んでいただきたい。
もっとも、NHK、日本テレビ、TBSの手がきれいなんてことはない。
NHKのニュースは政府の広報であり、第二次森内閣発足についても<大本営発表(たてまえ)>しか言わない。TBSは、実に奇妙な話だが、オウム事件関連の決着(おとしまえ)をつけていない。
日本テレビは日曜の夜中にもっとも良心的なドキュメンタリーを放送しているが、「電波少年」という乱暴な番組で、<タレントいじめ>の口火を切った罪が大きい。
いまとなっては四半世紀に書かれた時評となりますが、このころからあまりかわってないのかもしれないなと思わされること大。小林信彦はテレビやラジオの放送番組に愛情を持っているほうで、テレビはニュースしか見ないといいつつ話題になっているものや若手のチェックはしている。それで、そのうえで、この評になっている。
引用部分で触れられている『テレビの黄金時代』は文庫化されています。日本の民放局草創期のはなしはそれだけでおもしろいですし、テレビのバラエティ番組についてひとこといいたい人は読んでおいた方がいいです。