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『世界』2025年1月号 「特集2 そしてアメリカは去った」

 

来年から幕開けするトランプ劇場2.0 (?-1.0)を睨んでの特集。

 トランプは何をするか読めない、というのを念頭に、しかしバイデン政権のような価値観外交はしないだろうから、かえって中国はやりづらくなるのではないか、中東諸国はもうアメリカは頼れないと肚をくくっている、日本もそう思わないといけないだろう、など。くわしくは『世界』1月号を読んでみてください。

 

 さて、ちょっと気になっていることは、『世界』だと今号以前からそうなのですが、トランプ及びその支持層への見方がすっかり型にはまっていて、まるで普段リベラル側が非難する決めつけ差別思考をそのまま反転させたようになっていることです。

 「白人男性が―」というなら、トランプよりエリート白人男性濃度がずっと高いバイデンについて語ってみてはいかがでしょうか。今回の選挙戦でいちばん印象に残ったのは、カマラ・ハリス敗北が明らかになった直後のバイデンのみょーにはればれした笑顔でした。あーせいせいした、という声が聞こえてきそう、ニュースでその映像を見て、昔、橋本治中村歌右衛門娘道成寺について書いた文章を思い出したほどです。

私見ですが、トランプはわりと血中おばさん濃度が高めのおじさんに見える)

 

 68年革命時代が終焉したのかという印象も。68年革命をリアルタイムで経験したのがバイデンやトランプの世代になるんですが、彼らはその渦中にいたわけではないだろうけれども、あの革命後の時代を渡ってきたわけで、話がずれまくりますが、トランプは戦後マスメディア文化の表象を信じて愚直に挑戦し、裏切られた、という面がある(雑誌で読んだトランプのインタビューからの個人的印象ですが)。だから、裏切ったマスメディアに対して復讐してやる! というノリを感じるんですね。そのトランプに共鳴する大衆がたしかにいる。バイデンはずっとエリート街道歩いているし、マスメディアでの盛り上がりも距離を置いて見てこられた人になるでしょうけれども、同時にマスメディアを眺めて「大衆ってこうなんでしょう?」とざっぱくにわかった気になれていた層なのかもしれない。

 フランケンシュタイン博士≒バイデン、怪物≒トランプ、みたいなかんじですかね。

 トランプを支持するしか自己主張の術を持てない人たちの不満表明は、自傷行為になるかもしれない。でも、それには一抹の造反有理はある、それはわかってあげてほしい。

 

 ベトナム戦争後の70年代には、すでに敗者となった白人男性を描く映画や小説、ロックミュージックはあったのですが、いつごろからか廃れて、代わりにスターになっていく黒人や女性に焦点が当たった。だけどそれは、めんどくさいことはもう考えたくない、そうじゃなくてほめやすい対象を持ち上げた方がいい、というのもあったんじゃないか(大衆文化は、そちらのほうが売れるから、以上の理由はないのかもしれないが、社会的上昇を許可できるのはバイデン層になるんですよね)

 

 MTVで、マイケル・ジャクソンやマドンナが大ブレイクする、黒人や女性をメインストリーム化する扉を開いた。その一方で、パンクの流れを汲むグランジから大スターになったカート・コバーンは若くして自殺した。そういう故事を思い出します。映画やロックが白人男性主体だったころは、そういう領域はアジールとしてりっぱにそこにあれたのに、黒人や女性が表に出るようになって、かえってアジールが消滅し、すべてが一元化されていった。そんな印象も残る。

 アジールが消える、これもマスメディアの敗北のひとつではないでしょうか。

 

 とりとめなくなりましたが、感想として書いておきます。

 




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