目次
隅の老人
北の青年
根岸映画村
自由業者
ホテル・ピカデリー
街
【参考資料】中公文庫版『袋小路の休日』解説(色川武大)
著者から読者へ
解説 坪内祐三
年譜
著者目録
「隅の老人」の世の中と完全にズレてしまった老人、「北の青年」の根っ子を失って漂っている青年、「根岸映画村」の奇妙に楽観的な映画監督、「自由業者」の不器用なテレビタレントは、そのままではないが、ぼくの内面とどこかでつながっている人たちである。
「路面電車」の都電という東京にとって厄介になったモノ、「ホテル・ピカデリー」という愛すべき古き建物(このホテルはやがて取り壊された)、「街」における高度経済成長以後の(人間を無視して)膨張する東京は、ぼくにとって、より密接なものかもしれない。
ひとことでいえば、上村宏は高度経済成長以後の<下降生活者>である。あるいは――野坂昭如氏が拙作を評した名言を借りれば――<漂いつつ観る>男である。
この人物を<作家>に設定すると、一観察者としての役をはみ出して、困った問題がおこる。非私小説家であるぼくが、ぼくにとって苦手な短編を書くためには、<周囲に逆らわずに雑文を書いている男>を狂言まわしにした方がいい――と、考えたのである。
1970年代の東京、ニューヨークが舞台になった、雑文書きの上村宏を狂言回しにした短編集。当時のスケッチを背景として立ち上がる情景。
小林信彦のエッセイでしばしば触れられる記憶が、この小説内では細部の真実性を支え、著者がこれまでに出会った人たちからとらえた要素をブレンドし結晶化したかのような登場人物、物語の中だからこそ鮮やかに描かれる人物像とその背景。
東京という街の変遷、メディアの移り変わり、そしてそれに関わり巻き込まれ変貌していく人々の姿。
小林信彦の文章はすっきりしていて読み易く、音韻字面ともにうつくしい。たとえば道を歩く、目に入るものを記し、自分のしようとしていることや実際にしたことの過程を簡潔に描く。要所を押さえて同時に無駄のない文章表現。べつに小説を書いたりしない者でも、部分的に書き写したりしてみると、実用文を書く時にも効いてきますよ。
週刊文春に連載していたコラムをまとめた最後の本となる『日本橋に生まれて』(文藝春秋)は、これまでなんどか取り上げた喜劇人や作家を回顧録風に再記述していました。コロナ禍での身辺雑記もあります。これまで読んだことない人もおもしろいでしょう。お勧めします。