印象に残った記事まとめ
毎月恒例のはてなブログ紹介、今年も最後になりました。
・・ということで今月読んでよかったブログ記事をざっと紹介していこうかなと。
(※だいたい日付順です、でも昔の記事も混ざってたりします)
新語から読書まで
ペタペタとブログ記事貼っていきます。
「二季」「ノンデリ」とかうまいなぁと。
上野の「シープマン」がの羊がめちゃくちゃ美味いので、来年は羊まるごと一頭を予約して行きたい。
自分も今年はじめてウイグル料理食べたので、ちょっとうらやましい。
本が内側から外側を照らし出すものであるのに対し、映像はその逆なのだ。言葉とは内的なものだ。わたしたちは、他者の記した言葉から、自分なりのイメージや映像やリアリティを創り出さなくてはならない。それこそが、言葉の力の源だ。つまり、真の意味で他者と相互作用的であるということが。(124ページ)
結局のところ、何かと注意が散漫になりがちなこの世界において、読書はひとつの抵抗の行為なのだ。(192ページ)
わかるなぁ。
まず認識すべきは、人間関係とは「点」ではなく、長い時間をかけた「波」であるということだ。誰かとの親密さには、必ず波のような満ち引きがある。今は疎遠でも、それは単なる「凪」の時期に過ぎないかもしれない。数カ月後、数年後にふとしたきっかけでまた交流するようになり、以前よりも深く意気投合することなどざらにある。現時点での「絡みの有無」という一瞬の断面だけで判断し、関係性の糸を自ら断ち切ってしまうのは、いささか早計だ。一度切った糸を再び結び直すのは、維持するよりも遥かに困難なのだから。
人間の本質は悪だ 無自覚で感情的な偽善より恣意的だが論理的な巨悪の方が信頼できる 故に血と暴力に塗れ心を排し体を拝するマッカーシー作品は神話や叙事詩と呼ぶべき作品なのだろう
すごい。
わかりやすいまとめ。
ざっくり言うと、「美術を学んでも美術家になれる人はほとんどいない、でも美術しているときの熱中・集中は他に代えがたいもので、必ずその人の糧になっているんだよ…」というようなこと。そうなんだよな、としみじみくる。
こういうのめちゃ好き。
読書をちゃんと大事にするためには、読書を「立派な形式」に回収しすぎないほうがいい、という話である。私の合言葉はこれである。
まず、誤配を許すと読書が続く。これは大きい。
さらに、誤配を許すと、あとから効く。ここが読書の一番いやらしいところである。
ほんと読書なんてあくまで娯楽のひとつなので、
自分なりに好きなように読めばいいと思う。
長くなってきたのでそろそろこの辺で。
来年もたくさん良いブログを読めたらいいな。
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