
2021年東京オリンピック・重量挙げ代表のディアス選手に続き、2024年パリオリンピック・体操代表のユーロ選手が金メダルを獲得したフィリピン。どのようなスポーツが国内で盛んであるか気になった方がいるのではないでしょうか。
この記事では、フィリピンで人気のスポーツや武道とその背景についてご紹介します。スポーツ事情はその国の文化や歴史、交流を反映しているので、フィリピンのことをもっと知る参考にしてください!
フィリピンで人気のスポーツ
フィリピンで国民的な人気を誇る3大スポーツは「バスケット」、「ボクシング」、「ビリヤード」で、それぞれの頭文字をとって「3B」としばしば呼ばれています。
これらのスポーツはみな、プロの世界で選手の活躍が目覚ましいのみならず、プレーヤーとして、あるいは観客として、老若男女に広く親しまれているのが特徴です。娯楽や社交の場として、地域コミュニティの中にも深く根づいています。
また、いずれも20世紀初頭あたりからアメリカの統治を通じて、フィリピンに広がり始め、定着していったという共通点があります。
バスケットボール
1つ目の人気スポーツはバスケットボールです。
フィリピンの日常にバスケットボールは欠かせません。屋根付きの施設や、路上にゴールを置いた簡易的なコートでプレーをする姿が街の至るところで見られます。また、地域住民が参加できるバスケットボールのイベントも豊富で、幅広く競技への参加の機会が用意されています。
また、観戦にも熱心です。フィリピン・インドネシア・日本の共同開催であった2023年のFIBAバスケットボール・ワールドカップでは、フィリピン・アリーナで開幕日に行われたフィリピン対ドミニカ戦に、38,155人が来場し、ワールドカップ史上最多の観客動員数となりました。
実は、バスケットボールと、フィリピンにおけるバスケットボールの歴史は、ほぼ同時期に始まっています。1891年にアメリカで考案されたバスケットボールは、20世紀初頭のアメリカによる統治開始後、学校教育の一環としてフィリピンに導入され、浸透していきました。導入当初は女子スポーツとして行われていましたが、保守的なカトリック関係者の意見により、次第に行われなくなっていったとされています。
国際試合参加も早く、オリンピックの公式競技として初めてバスケットボールが採用された1936年のベルリンオリンピックに出場しています。そしてのフィリピン代表がアジア勢としてトップとなる5位という好成績を収めました。
1975年にはNBAに次いで世界で2番目となる男子プロリーグ、PBA(Philippine Basketball Association)を開設。現在まで続く人気の土台となりました。一方、女子のプロリーグの開設は2019年を待つこととなります。
参照:FIBA Incredible 38,115 fans inside Philippine Arena set FIBA Basketball World Cup attendance record
ボクシング
2つ目の人気スポーツはボクシングです。
2025年、4年ぶりの復帰戦で話題となった、6階級王者のマニー・パッキャオや、5階級制覇を達成したノニト・ドネアなど、フィリピンは世界的な名ボクサーを数多く輩出してきました。
近代ボクシングは、19世紀後半から20世紀初頭に駐留したアメリカ兵たちによってフィリピンにもたらされたといわれています。
フィリピンで行われた初期のボクシングは、アメリカ兵による試合が中心でした。国内ボクシングの興行化が進む中、才能あるフィリピン人ボクサーの発掘と育成が全国規模で行われるようになりました。1923年にイギリスのジミーワイルドを破り、アジア人初の世界王者となったパンチョ・ビラによって、フィリピンのボクシングは更に注目を集めます。こうしたスター選手の誕生とともに、ボクシングは庶民の間にも浸透していきました。
戦後以降も、1960年代のフラッシュ・エロルデ 、1980〜90年代のルイシト・エスピノサなど、フィリピン人やフィリピンにルーツを持つ選手たちが国内外で活躍し続けます。フィリピン・ボクシングの強さと人気はこうした歴史と豊かな人材に支えられて、現在に至ります。
また、多くのチャンピオンがデビュー前の貧しい環境を語っています。経済的な理由でボクシングを選ぶ若者は少なくなく、ローカルジムは、彼らを育成し、試合の機会を提供するだけでなく、地域のコミュニティや産業の土台という点でも重要な役割を果たしています。
一方で、現代ではフィットネスを目的にボクシングを始める人も多くいます。生活の糧、エンターテイメント、健康維持など、ボクシングが多くのニーズに応えるスポーツであることが、根強い人気につながっているかもしれません。
ビリヤード
3つ目の人気スポーツは、ビリヤードです。
ビリヤードがフィリピンに広まり始めたのは1900年初頭です。アメリカ国内で当時すでにポピュラーなスポーツであったビリヤードを、アメリカ兵士が余暇の娯楽として持ち込んだのが始まりとされています。そのあとすぐに一般に広がり、定着していきます。
どこの小さな街にでも台があり、シンプルな基本ルールから、ビリヤードは身近なゲームとして、家族・コミュニティの交流の場面で広く活用されています。
一方、基本ルールを掘り下げられる戦術・技術の奥深さ、大なり小なりの賭け勝負、大会の存在やその賞金などの要素により、プロフェッショナルなレベルで競技に取り組む層が厚くなっていきました。
競技人口の多さに加えて、ローカル大会の存在も選手層を厚くする要因です。ローカル大会の参加者グループは地元で指導を提供し、これからの選手の育成の場ともなっています。
ビリヤード界のレジェンドといえばエフレン・レイズですが、彼の試合をテレビで見て育った世代の男子選手カルロ・ビアド、女子選手ルビレン・アミットがトッププレイヤーが登場し、現在も次々と新たな才能が現れ続けています。
フィリピンの国技「エスクリマ」とは
エスクリマは、フィリピンの伝統武術で、アーニス、カリとほぼ同義で使われています。
この名称は、スペイン語でフェンシングを表すesgrimaに由来しており、スタイルや技術にスペイン剣術の影響が色濃く見られるのが特徴です。剣や短剣をはじめとして、棒、こん棒、紐、素手を用いて戦う武道で、両手に武器を持つ方法や、片手だけ解放するスタイルなど様々な流派が生まれ広く普及していきました。
エスクリマでは、距離の取り方や技の角度のコントロールが、攻撃と防御を同時におこなううえで非常に重要とされます。相手を倒すことよりも、さらなる攻撃を防ぐことに重きを置いているため、刀を払う、素手で棒をつかむ、武器を振る、突く、といった技が多く用いられます。
その実践的な技術は、アメリカをはじめとした多くの国で、軍や警察の訓練に応用されています。また、精神的な鍛錬や健康作りのために、性別や年齢を問わずレッスンを提供する道場が多くあります。日本にも道場があるので、興味がある方はぜひ近くを調べてみてくださいね。
2020年東京五輪での金メダル
オリンピック東京大会メダル獲得数
| メダル | 金 | 銀 | 銅 |
| 獲得個数 | 1 | 2 | 1 |
| 競技(階級) | 女子重量挙げ(55kg級) | ボクシング女子(フェザー級) ボクシング男子(フライ級) |
ボクシング男子(ミドル級) |
| 選手 | ヒディリン・ディアス | ネスティ・ペテシオ カルロ・パアラム |
ユミル・マルシアル |
パラリンピック東京大会メダル獲得数
| メダル | 金 | 銀 | 銅 |
| 獲得個数 | 0 | 0 | 0 |
ヒディリン・ディアス選手
2021年に開催された東京2020オリンピックで、フィリピン史上初の金メダルを獲得したのは、女子重量挙げ55kg級のヒディリン・ディアス選手です。1924年の初出場以来、フィリピン初のオリンピック金メダルという歴史的快挙でした。
重量挙げは、バーベルを一気に頭上へ持ち上げる「スナッチ」と、一度鎖骨の高さまで上げてから頭上に持ち上げる「クリーン&ジャーク」を3回ずつ行い、最高記録の合計で競います。ディアス選手は合計224kgを記録し、クリーン&ジャークで127kgのオリンピック新記録を樹立しました。
金メダルへの贈り物
ディアス選手は、その金メダル獲得に対する高額賞金と豪華な贈り物でも注目されました。フィリピンオリンピック委員会が公表したリストによれば、各スポーツ団体、企業、政府関係からの賞金総額は5650万ペソ(約1億4100万円※)に達します。
贈り物には以下のような不動産、航空券、生涯無料サービスなどがありました。
| 不動産 | 戸建て住宅と土地、イーストウッド・シティのコンドミニアム、タガイタイ市の一戸建て住宅と土地 |
| 車 | 13人乗りバン |
| 生涯無料 | エアアジア航空券、フィリピン航空に毎年80,000マイル搭乗、ガソリン、食事・タピオカミルクティー(複数の飲食店による提供)、タトゥー、オイル交換 |
| その他 | セブ・パシフィック無料航空券25枚、60万ペソ相当の美容用品 |
銀メダルと銅メダルの選手たちにも、数千万円相当の賞金、賞品として住宅や土地、各種生涯無料サービスが贈られました。
国際オリンピック委員会
https://www.olympics.com/ja/olympic-games/tokyo-2020/medals
フィリピンオリンピック委員会
https://www.olympic.ph/list-of-all-incentives-received-by-ph-tokyo-2020-olympians
※1PHP=2.5円として概算。
2024年パリ五輪での金メダル
オリンピック東京大会メダル獲得数
| メダル | 金 | 銀 | 銅 |
| 獲得個数 | 2 | 0 | 2 |
| 競技 (種目/階級) 選手 |
体操 (床・跳馬) カルロス・ユーロ |
ボクシング女子 (ライトフライ級) アイラ・ビジェガス |
|
| ボクシング女子 (フェザー級) ネスティ・ペテシオ |
パラリンピック東京大会メダル獲得数
| メダル | 金 | 銀 | 銅 |
| 獲得個数 | 0 | 0 | 0 |
カルロス・ユーロ選手
パリ2024オリンピックで金メダルを獲得したフィリピン選手は、体操のカルロス・ユーロ選手です。床運動と跳馬の2種目での快挙でした。
7歳で体操を始めたユーロ選手は16歳で来日し、体操の指導を受けていた経験があります。
東京オリンピックでは個人種目別決勝の跳馬で4位と惜しくも表彰台を逃し、並々ならぬ努力の末にパリオリンピックでの金メダルとなりました。
また、ボクシングは東京に引き続きメダル獲得種目となり、銅メダルのネスティ・ペテシオ選手は2大会連続でメダル獲得を達成。フィリピンの人気スポーツの実力を示しました。
金メダルへの贈り物
フィリピンの国営通信社の報道をもとに集計すると、賞金総額は少なくとも7,400万ペソ(約1億8500万円※)にのぼります。
| 法律に基づく報奨金 | 2,000万ペソ |
| マルコス Jr. 大統領 | 2,000万ペソ |
| マニラ市長 | 200万ペソ |
| メガワールド | 300万ペソ |
| MVP財団 | 1,000万ペソ |
| ArenaPlus | 500万ペソ |
| 下院 | 1,400万ペソ |
| 合計 | 7,400万ペソ |
※1PHP=2.5円として計算。なお、この金額はPNAの報道に基づく概算です。その他の寄付や報奨金は含まれていません。
そのほか、複数の企業から以下のようなお祝いが贈られたと、各メディアが報じています。
| 不動産 | 戸建て住宅と土地、3ベッドルーム付きコンドミニアム |
| 生涯無料 | 食事(ラーメン、マカロニチーズ、グリルドチキン、クッキー、ビュッフェなどを複数企業が提供)、内視鏡検査(45歳以降)、エンジニアリング・デザインサービス、フィリピン航空に毎年150,000マイル搭乗 |
| 車 | ランドクルーザー・プラド(トヨタ)、Tiggo 7 Pro SUV(Cherry) |
| その他 | 100万ペソ相当の家具、100万ペソ相当のショッピング、200万ペソ相当の旅行 |
なお、金メダル獲得による賞金、プレゼントや寄付は、免税あるいは控除となるそうです。
参照
国際オリンピック連盟
https://www.olympics.com/ja/olympic-games/paris-2024/medals
フィリピンの国営通信社
https://www.pna.gov.ph/articles/1230612
https://www.pna.gov.ph/articles/1231939
Inquirer.net
https://business.inquirer.net/474393/tax-on-our-olympians-winnings-prizes-and-incentives
パラリンピックのメダリスト
パラリンピックのメダリストには、パワーリフティングのアデリン・ドゥマポン選手と、卓球のジョセフィン・メディナ選手がいます。
ドゥマポン選手はバスケットボールや水泳など様々なスポーツを経験した後、ベンチに横たわってバーベルを挙げるパワーリフティングを始め、すぐに頭角をあらわします。
アジパラ競技大会の前身である1999年にFESPICで銀メダルを獲得したあと、2000年シドニーパラリンピックで銅メダルを獲得し、フィリピン初のパラリンピックメダリストとなりました。
その後も数々の国際大会で表彰台に上がり続け、2024年に現役を引退。現在は若いパラアスリートの育成や支援、パラスポーツを取り巻く環境の理解促進などの社会活動を行っています。
メディナ選手は、2016年リオオリンピック卓球の銅メダルを獲得しました。ナショナルチームの選手であった父親に、セラピーとして卓球を始めます。2003年にASEAN パラ競技会でフィリピン代表として初参加しました。
その後も2008年の大会で8個の金メダルを獲得するなど、国際大会で活躍します。時に大会遠征費の工面に苦労しながらもオリンピック出場に必要な実績を重ね、リオ大会出場をはたします。メディナ選手の銅メダルは、ドゥマポン選手から16年ぶりのメダルとなりました。
これからもパラ競技や選手の活躍が期待されています。
まとめ
フィリピンで人気のスポーツは、アメリカなどの国際的な文化がローカルに根付いたものです。メディアを通したスターの存在だけでなく、日常生活にスポーツに参加できる機会があることで、余暇や健康目的の人から、高いレベルを目指す人まで幅広くこれらのスポーツが行われ、人気が持続しています。
また、オリンピック・パラリンピックなどでの新しいスターの登場は、今後人気のスポーツに新たな影響を及ぼすと思われます。
フィリピンのスポーツ、ぜひ注目してください!
◇経歴
土や紙をつかった造形や、ドローイングをしています。
◇資格
TOEIC 955
◇留学経験
スコットランドにあるグラスゴーの大学で、4年間美術を学びました。
◇海外渡航経験
今までたくさん旅をしました。
イギリス、フランス、イタリア、スイス、ベルギー、オランダ、チェコ、スロバキア、オーストリア、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、中国、香港、韓国、ネパール、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア
色褪せた思い出を蘇らせようと、古いデジカメのデータを読み込もうとしたら、ほとんど消失していてショックを受けました。
今思えば貴重だった家族旅行、感動した景色、美味しかった食べ物、かけた時間や使ったお金が写真に詰まっていたように感じられ、寂しかったです。一瞬一瞬を大切に、これからも旅を続けようと思います。
◇自己紹介
日本の一般大学を卒業した後、憧れていた海外の美術大学に留学しました。
語学の面で苦労しましたが、留学の経験は宝です。
現在、作品の制作・発表と、ライター活動、コツコツ英語の勉強をしております。
書くことを通じて、経験を活かしながら、学びを続けたいと思っています。