どーも、意味不明な倒置法のタイトルをつけてみた親男です。
(なんの効果も得られないレトリックの無駄。)
さて。
一昨日、👇️のような記事を書いたわけですが。
本日、さっそく寝坊をしたでござる。
短時間睡眠で足りるワシが寝坊するということは。
昨日それなりに夜ふかししてしまっていたということで。
高校生でもないおっさんなのに何をやっているんだか。。。
で、寝坊しますと弁当づくりはどうなるのか。
幸いと今は春休み。
子どもたちは弁当を家で食べるわけです。
なので。
👇️

弁当箱に詰めたらワシの下手くそ料理もなんとなく見栄えが良くなるのに(と自分では思っている)。
皿に盛った途端に。
今、写真を見返しても。
自分自身でなんだかなぁって思います。
さて。
そんな自分の料理を見栄えの悪さを憂えたところで何も始まりません。
ついでなので、他のことを考えてみますると。
つまり弁当づくりというのは「弁当箱に詰める」という作業が。
殊の外に面倒くさい。
今日、寝坊をしてもなんだかんだでいつもと同じ時間に家を出ることができたのは。
弁当箱に詰めるのを諦めて皿に盛ったからに他なりません。
ワシくらいに手抜き料理に精通してきますと。
料理をする(ほとんどチンだろ、「料理」とかいうな)なんて大して苦にならないわけですが。
手を抜けないのが弁当箱という「容積」。
しかもこの春休み期間はつくる人数が多い分。
容積がバッラバラの弁当箱と対峙しなくちゃいけないわけで。
それが、まあ果てしもなく面倒くさいわけです。
なので。
ここでワシは提唱したい。
世の弁当をつくる人々は
弁当箱から解放されるべきである
と。
弁当づくり民よ
弁当箱から己を解き放て
と。
ということで。
弁当づくりから弁当箱をなくしたら、それは弁当づくりじゃない、というアホみたいな当たり前のことを書きつつ。
毎度くだらないことを言っているわけですが。
ワシは。
やっぱ弁当づくりの鬼門は。
おかずを弁当箱に詰めることだと思うわけであります。
マジ。
生成AIとか言ってないで。
そのへんをテクノロジーで解決してほしいものであります。
頼むよ科学。