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リゾート?それとも戦場?【太平洋のビフォーアフター】

 

 先日、SNSでこんな画像が流れてきました。《世代によって、ハワイのイメージが違う》という、ドリフのコントらしい。

このコントからわかるように、ハワイや太平洋はかつては戦場でした。まさに太平洋・戦争。今日は、戦場だった頃の太平洋のイメージを紹介しましょう

アメリカから見た太平洋

▽まずは終戦の年、 1945年(昭和20)8月27日『LIFE 』から。一丁上がり…とばかりに、処理済み的なハンコを押される日本。見るからに戦勝国の広告です。「Pacific Ocean」と優美なフォントで書かれているのが、つらい。

▽同じく終戦の年、 1945年(昭和20)8月27日『LIFE 』から電話会社の広告。《我が社のすぐれた通信機器を使って、日本を追い詰めることができたのです》と誇らしげです。太平洋に広がる、おそろしい同心円。これは勝者の“すごろく”ですね。

▽一部拡大。《「TOKYO」を爆撃するときも我が社のデバイスが活躍しました》といった調子の広告です。

日本から見た太平洋

▽一方、日本からみた太平洋はこんなイメージ。これは昭和17年12月の『婦人画報』より「米英の強奪」を描いた地図です。日米開戦一周年ということで、気合の入ったカラーページ。

ゴム・錫・タングステンキニーネ…その他の南方特産ともいうべき戦時必需物資は、米英の「強奪」から救われてアジアを潤すためにのみ活用されねばならない。その時が、今、来たのだ!

婦人画報昭和17年12月号

▽『大東亜写真年報』(昭和18)より、「アキバ徽章」(九段下)の広告。日本が太平洋、アジアをキリっと制するイメージでしょうか。他に巨大企業の広告も掲載されていましたが、最もカラフルなのがアキバ徽章の広告で驚いた。

同盟通信社『大東亜写真年報』2603年版(昭和18)

▽太平洋に危機が迫っているぞ、と警告している図。日米開戦の年(昭和16年2月)に開催された「太平洋報道展」→⬜︎から。★印がアメリカ海軍のパワーを表しています。

これからの太平洋は刻々として有史未曾有の一大戦略的空間となりつつある。東亜民族の共存共栄を妨害せんとするアングロサクソンの執拗な侵略搾取政策は今や大規模なる軍備拡張計画を以て積極的攻勢に転じてきた

『戦争と宣伝技術者 報道技術研究会の記録』(山名文夫・今泉武治・新井静一郎編/1978年/ダヴィッド社

そして、敗戦。

多くのご遺骨は、今もそのまま太平洋にねむっています。

厚生労働省のサイトより「地域別戦没者遺骨収容見取り図」


1978年のレコード「PACIFIC」(山下達郎細野晴臣鈴木茂

で、最後にもうひとつ。

私が近頃、不思議に思っているのが、1978年の「パシフィック」というレコードです。(細野晴臣鈴木茂山下達郎

 1978年といえば敗戦から33年経過しています。戦争の記憶も薄れつつあるでしょう。しかしこのレコードを手がけたミュージシャンの父親たちは、パシフィック=激戦地だったことをカラダで知っている世代。その子どもたちが、わざわざパシフィックをテーマにして、(公式サイトがいうところの)「浮遊感溢れる」「シエスタ・ミュージック」を作りあげるというのは一体どういう心情なのか…。このレコードに限らず、矢沢永吉が「あ〜パシフィック」と歌う『時間よとまれ』も、同じく1978年だったりするしなあ。

そのへんのナゾがとけたら、また続きを書きたいと思います。

▽ハワイの真珠湾攻撃で亡くなった若者をモデルにした獅子文六の小説「海軍」

narasige.hatenablog.com

 




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