
映画「綴方教室」と、獅子文六の「団体旅行」
獅子文六のユーモア小説『団体旅行』は、ひとことで言うと「バズった小娘が憎い」。『団体旅行』には2人のバズった小娘が登場します
- 1人は、軍需成金の娘
- 1人は「綴方教室」の作者・豊田正子
2人とも、貧しいエリアの出身ですが、時流にのって信じられないバズり方をしている。読者の「キーっ、くやしい!」という気持ちを、小気味よく代弁してくれる小説が『団体旅行』というわけです。
「綴方」とシンデレラストーリー
『団体旅行』で、獅子文六は「綴方」というジャンルを「チンピラ文学」とよんで、茶化しています。
ヒロインである《軍需成金の令嬢》は、教養はないけれど文才があるタイプ。「綴方教室」がヒットした豊田正子の「ライヴァル」という設定なのです。(作中では豊田正子=「正田豊子」)
令嬢は少女の頃とっても貧乏でした。しかし貧しさを明るく書いた文章が世間の注目を浴びて、プチブレイク!なんなら『綴方教室』の豊田正子くらい成功する可能性を秘めていたのです。
ところが令嬢の父親が「支那事変の勃発と共に」軍需景気で大儲け。その結果、なぜか綴方がピタリと書けなくなってしまった!
綴方と貧乏とは、切っても切れない縁があるらしい。彼女が裏店のガキから、小市民の娘に出世して、途端に綴方が下手になったのも、蓋し無理からぬことであろう。(『団体旅行』)
……と、このように『団体旅行』は悪口が炸裂している小説なのです。
リッチになると、文が書けない?!
さて、リッチになって文才を失った成金令嬢は、「ライヴァル正田豊子さん(=豊田正子)を見返さんと」 焦りまくる。
貧乏時代のカンを取り戻すべく工場で働こうとしたり、行きずりの文学青年(←主人公)に文章指導を頼んだり。令嬢が「時代の寵児」となった豊田正子にメラメラと嫉妬の炎を燃やしている様子は、読者の姿でもあったのでしょう。
【参考画像 】成金令嬢の父の工場は、昭和12年夏「支那事変の勃発と共に」めちゃくちゃ儲かったという設定です

天才少女と指導者の二人三脚
成金令嬢は、綴方の指導者をほしがります。「ライヴァル正田豊子」さんは、イイ先生がついているからこそ成功したのだと。
「正田さんが偉くなったのは、みんな大川先生が御尽力したからなのよ。ああ、あたいも大川先生が欲しい」
と言って、主人公である作家志望の青年にグイグイせまる。彼も「僕があなたの大川先生になりましょう」なんて、まんざらでもない様子です。
▽これが実際の豊田正子と、指導者の先生。成功者として、お金持ち向けの雑誌に掲載されています。成金令嬢が見たら激怒しますね。
「『綴方教室』を書いて天才少女をうたはれている豊田正子さんと、本田小学校の大木先生。先生のお宅にて。」

(後年、この2人の間にゴタゴタがあったみたいですけれども…)
▽ちなみに成金令嬢は自分のことを「あたい」といいますが、豊田正子さんも一人称は「あたい」。「あたい、気取ったりお行儀よくしたりすんの嫌ひさ」と。記事の中に“『山水楼』の座談会でも、彼女は気取らなかった”みたいなエピソードが出てきますが、山水楼は帝国ホテルの脇にあり、政府の要人も使う場所*1。いやあ、たいへんなバズり方です。

「成金」+「綴方少女」
以上、獅子文六「団体旅行」を紹介しました。日米開戦までの獅子文六は、しょっちゅう成金階級を茶化しています。
- 「楽天公子」のレーヨン成金
- 「金色青春譜」の炭鉱成金
- 「虹の工場」の軍需成金
そして『団体旅行』のヒロインは、①軍需成金で、②ブレイクしそこなった綴方少女。最高に茶化しがいのあるキャラではありませんか。『団体旅行』はお洒落度の低い作品ですがおすすめです!