
女給に召集状?!
昭和の人気作家・獅子文六の『女給双面鏡』(昭和13年)は、大島弓子の漫画『つるばらつるばら』を連想させる作品です。
『女給双面鏡』の主人公は、幼い頃から女の子に間違えられてきた青年で、名前は「早苗」(本名)。徴兵検査は「乙種」。
早苗は、どの仕事をやってもうまくいきません。日々「男を廃業する道」を夢想しています。
ところが男であることを隠して「キャフェの女給」になってみると、これが大成功!お尻の小さな早苗はモダンなドレスがよく似合い、一躍キャフェの人気者に。
しかし、美人女給になった早苗にも「召集状」が来てしまうのでした…
戦後にカットされたラストシーン
先日、『女給双面鏡』が載っていた雑誌・新潮社の『日の出』(昭13年2月号)を買ってみたんですよ。すると《連載時のラストシーン》が、戦後に出た『獅子文六全集』*1では削除されていることがわかったのです。全集の最後は
実は、早苗のところへ、召集状が下ったのであった。
と、あっさり終わっている。
一方、昭和13年の誌面では、主人公が「国家のお役に立つ時がきた」と「目が覚め」て、急に男っぽくなる描写が1ページほど続いていました。
見よ!早苗は肩を怒らし、両手を振って、ノッシノッシと歩き出したのである。それもそのはず、彼の家の前に数本の旗が、翩翻(へんぽん)と朝風にひるがえっている。黒々と書かれた文字を読むと──
祈 武運長久、宮本早苗君!
おわり
うーん、やはり戦意高揚系雑誌「日の出」の連載は、こうした勇ましいオチ(「武運長久」!)がもとめられたのでしょうか。
▽『女給双面鏡』の挿絵は吉田貫三郎

▽コート姿も華奢な主人公「早苗」

芸者に召集令
今回紹介した『女給双面鏡』の下敷きになったと思われるエピソードを、2022年の「装いの力 異性装の日本史」展(松濤美術館)で見かけました。「芸者に召集令」というのがそれです。

▽「異性装の日本史」図録より「芸者に召集令」。左は「塩原温泉名物 女装のおいらん」の清ちゃんで、右は「北支第一戦」の清ちゃん。清ちゃんの本名は八木澤清吉です。
あたしだって、立派な男よ。永い間女装して来たけれど、戸籍にはチャンと八木澤清吉という名前がある。*2(「装いの力―異性装の日本史」図録より)
この「女装のおいらん 清ちゃん」が獅子文六『女給双面鏡』のヒントになったのかもしれません。

ちなみに「女装のおいらん 清ちゃん」こと「八木澤清吉」は、獅子文六の『女軍』(昭和13)という作品にもチラッと出ていました。
塩原温泉にはおセイちゃんと言う芸者兼 女髪結いがいるが、これが実は八木沢清吉君という男子で、今度の事変で出征したということだ。
出征する芸者=「清ちゃん」は、当時けっこう話題だった?「清ちゃん」のエピソードが、戦時下でどのように消費されていたのか、気になるところです。
「女給双面鏡」が発表された時代
さて、獅子文六の『女給双面鏡』が掲載されていた時期の新潮社「日の出」(昭和13年2月号)にはなかなかインパクトの強い画像があるので、参考までに紹介しましょう。時代背景がうかがえると思います。
「日独伊防共をどり」
撮影:堀野正雄

歌詞を拡大。「ひっとらへたら容赦はナチス 」

「支那事変画報」

巻頭漫画「日独伊防共記念釣り会」小泉紫郎

「兵隊ごっこ」の漫画
「アレ デコ 坊の家 誰か出征したの?」「僕の兄イちゃんダイ」。

以上、女給が出征する小説『女給双面鏡』の紹介でした。
連載していた新潮社「日の出」は、時局に便乗した雑誌ということですが私は何冊か持っています。獅子文六で「読みやすいなア」と思った作品は、大体「日の出」由来なのが、ちょっとくやしい。
▽同じく「日の出」に連載されていた獅子文六「虹の工場」もあわせてごらんください。【非常時】×【好景気】のコメディです