性暴力被害を訴えると、必ず「メンヘラの女性は嘘をつく」「告発権力だ」などと触れ回る人たちが出てくる。やつらは告発者がどれだけ気を遣って話そうが関係なく、反射的に攻撃に走る。
少し違う話をする。
昔、性暴力被害を訴えて活動されていた方に、突然、僕の属していたグループの活動を、中止するよう訴えられたことがあった。性加害的だとのことだった。加害者と我々に直接の関係はなく、はっきり言ってしまえば難癖だと思った。けれども、その方が深い絆苦しんでいることだけは僕たちにもよく伝わった。やり返す気には、なれなかった。
主に対応した先輩は立派だった。どれだけ攻撃されても対話を諦めなかった。相手の話をひたすら聞き、一方で譲れないところは譲らずに粘り強く自らの考えを説明し続けた。こんな風になりたい、と思ったものだった。
それからしばらく経って、僕にも性暴力被害告発の対応をする役目が回ってきた。僕のしたことといえば、実に酷かった。まず、初動から最悪だった。被害者本人に対して被害を嘲るような態度を取ったのだ。何であんなことしたんだろうと今でも思う。これで信頼を失った。
事態が進行してからも、周りの空気に流されて、被害者側の立場を尊重しない態度を取り続けた。
僕は何も、被害者側に立たなかったことを後悔しているのではない。加害者側の話を聞くことと、同時に被害者側の立場も尊重するということは両立しうる。人が本当に真剣になって話している時に、自分の辛い傷を見せて訴えている時に、そのことを軽く扱ってしまうと、時に深刻な傷を刻みつけることになる。
もちろん加害者側とされた人も自分の立場をわかってもらおうと必死だろう。その主張にも妥当なものが含まれているかもしれない。そこでも我々は問われている。うっかりすれば加害者側とされた人にも深い傷を与えかねない。
とにかく僕はその時、間違えた。告発者の方に深い傷を与える結果になったようだ。断言できないのは、確認する術がないからだ。全て状況証拠なのだ。
考えてみてほしい。
ただでさえ、あなたの発言で傷つきました、なんてことを言うには相当の勇気がいる。相手を傷つけた時に、都合よく抗議の言葉を貰えるなどとは考えない方がよい。
告発する場合は尚更だ。知らない人から攻撃を受けることを、まず覚悟した方がよい。今時は被害者を攻撃するための言葉がたくさん用意されている。それに周りだってある程度味方をしてくれるだろう。攻撃しようと思ったら楽なのだ。
告発する側は当然、それがどんな意味を持つかを知っている。二次加害は約束されていると言っていい。告発に至らざるを得ないほど、どうしようもない状況だったと考えるのが自然だろう。こういう時、告発によって不当に権力を得ている、みたいなことを言う人がいるが、あまりの悪辣さにびっくりしてしまう。自分が何をしているのか、本当にわかっているのだろうか。
それにしても、全く僕は馬鹿なことをしたものだ。今となっては、どうしようもない。