僕が主催だったはずなのに、ひらマンが始まってから全く使える時間がなくなって、ギリギリ斜め読みで読み終えて、適当な身の上話をしてちゃんと読んでいないのを誤魔化すという痴態を晒すことが常態化してしまっていた。申し訳なかったけれど、おそろしくリソースがなく、そうするしかなかった。
そんな惨状だったのだが、なぜかみんなが会を続けることを望んでいたために続けることになってしまった。軽い本にしてくれ、ひらマンの締切に近いのはやめてくれ、月一がギリギリだ、などという僕の無茶な要求は全て通った。どうやらみんなも忙しいという事情はあるようだったが、ありがたかった。
フロイトを読んだこと自体にはものすごく助けられた。すべてが政治化していく世の中で、フロイトのおかげでギリギリのところで踏ん張れた気がする。一人の人間が政治化するということは、「社会がどうあるべきか」「社会を変えるために自分は何をするべきなのか」を考えるということであり、それはとりもなおさず超自我の強化に帰結する。自分の欲望が「大衆から遊離してないか」あるいは「搾取構造に加担してないか」(参政党員のつもりで考えるなら「"反日スパイ"を利していないか」「オールドメディアに洗脳されていないか」みたいな感じか?)になってないか、常に点検する必要がある。そして抑圧を繰り返すのだ。僕がここ数ヶ月、ときおり効果のない、いやむしろマイナスな教条主義的な反日の主張や「中産階級殲滅論」を唱えたのも全くビョーキの症状だったと言ってよかろう。あんなものは『腹腹時計』や『反日革命宣言』でみるような日本人としての責任を背負った人間が唱える「反日」とは全く違う。比べるのもおこがましいし、思い返すだに恥ずかしい。
そこでますますはっきりしてきたのが、僕はどうやら「反日」闘争を担う資格がなさそうだということだ。自分のことすらしっかりできないでやってもビョーキだとしか思われないからだ。そしてみんなの推測通りに実際それはビョーキの症状なのだ。ビョーキから逃れられない自分に、反日で頑張ることは全く向いていなかったと思う。
フロイト的に言えば、幸せな家庭像を描けない自分にとって「父のなる」というのは活動家になるということだった。そして今僕に起きていることもきっと活動家になれなかったコンプレックスが今更ながらに火を噴いたというだけの話なのだ。パクられてでも正しいことをしようという勇気がない自分を僕はずっと憎み続けてきた。だから東アジア反日武装戦線に憧れた。最も正しくあろうとした人たちだからだ。だけどもやっぱり難しかった。自己否定を続けていると次第に自分のコントロールが失われていく。誰も望んでいない方向に向かってしまう。もう「反日」を頑張るのはやめたい。参政党のこともゆるくやりたい。
こんなんで、許されるんだろうか。そんなことばかりが頭をよぎる。