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20250815

参院選での参政党の支持拡大を見てからというものの、これまで自分が「左翼」として「反差別」がわからない「大衆」を侮蔑してきたことを振り返り、その特権性を自己批判をし続けてきた。徹底的に自らの特権性を暴き、反省しなければならないと思うがあまりおかしな発言をしてはすぐ撤回するということもしばしばである。

 

そんな折、友人の罵Qくんが僕の「メンタルを慮る意味で」、「絓秀実の加藤典洋批判」を読むべきだと教えてくれた。『絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年』に収録されている「その「許し」に安堵するのは誰か──加藤典洋敗戦後論』批判」である。

 

加藤典洋については以前から気になっていたのでいい機会だと思い、「敗戦後論」(「戦後後論」はまだ読んでないよん)の方から読み進めることにした。さっき読み終わったばかりである。

 

加藤の論は徹頭徹尾、敗戦後の日本に生じた「ねじれ」に立脚して進められる。横暴な侵略者の専制下、屈辱を耐え忍ぶ敗戦者をまだ幸せな敗戦者と加藤はいう。それは仮に戦に敗れたとしても、自分たちの側に「義」があると信じていられるからである。80年前、日本人が経験したのはかつて自分を動かしていた「義」がじつは「唾棄すべきもの」だったと認めざるを得ない、そういう事態なのだ。

 

加藤は「平和憲法」が軍事的威圧のもとに強制的に押し付けられた事実を隠蔽する知識人を、矛盾を抑圧して目を背けているとして指弾する。「平和憲法」制定の過程を明示しないレトリックで押し付けられた事実をごまかした上に、「アジア諸国に対する加害への反省」に基づくなどという詭弁でもって、自分だけ戦争から逃れようという「一国平和主義」の心情に基づいて維持されてきた事実を見過ごしているというのだ。

 

こうしたねじれを隠蔽する「潔白」な態度に対して加藤が対置したのは「汚れ」を引き受けることだった。自己欺瞞をやめ「自分たちが汚れている」という自覚を新たに出発点として過去と向き合う。そこから自主憲法制定論に、そして「汚れている」ままに弔うという新たな死者への態度が求められているという本論の骨格に繋がっていく。

 

「汚れている」ままに弔うことが求められている、それは同意できる。加害者である日本人を弔うことはナンセンスだという話では、加害者であると同時に被害者でもあった戦死者を誰かが弔わなければならないのに、いったい誰が弔うのか、という話になるし、一方で加害者であったという事実を忘却せよという論に首を縦に振るわけにはいかない。しかし続く論はどうか。

 

加藤は『レイテ戦記』を書き上げた大岡昇平を「ひとり『敗者』の地位を動かなかった」文学者として援用しながら、三百万の自国の死者への哀悼を通じて二千万のアジアの死者への謝罪へといたる道を編み出すことが「ねじれ」から回復する唯一の方途なのだと説く。

 

加藤の語る「三百万の自国の死者への哀悼を通じて二千万のアジアの死者への謝罪へといたる道を見出した」大岡昇平は立派だ。それはわかる。しかしながら「わたし達」の取るべき態度だとする加藤の言い方にはどうにも引っかかる。日本という国がそこに至る未来の像を思い描くことができないからだ。絶対に歪みは残る。加害者としての事実は忘れられるし、ねじれもまた忘れられていく。では誰から忘れていくのか。

 

それはねじれのある人からである。内に抱えた抑圧が大きすぎる人である。強硬にアジア諸国への謝罪を拒否する人の中にも、また逆に彼らを排撃する人の中にも、その内なる抑圧が僕にはみえる。これは僕だけ感知している妄想かもしれないが、助けてくれという叫びのようなものが聞こえる。加藤のこの回答では「汚れ」を引き受けたようでいて、また別の「汚れ」から逃げているように思う。問われるべきは、アジアの死者を弔うことのできない人びとに対してどう相対すべきかということだ。

 

今僕が抱えている現実に即していう。参政党の支持者に対して罵倒をやめろという語る立場を異にする人間がその実、対話をして相手を理解しようとしないことに僕は怒っている。加藤の態度はそのようなものにうつる。

 

最後にやはり天皇制について。

 

今日は参政党・日本保守党支持者ら(?)の石破「反省」声明への批判に対して、天皇が石破同様「反省」の言葉を述べていることをあげて反論する光景が見られたが、全く忸怩たる思いでいる。それは天皇のことである。

 

加藤によれば、大岡昇平は、天皇信奉者のうちで誰も「死者への責任をまっとうする」ことを諫言しなかったことをとらえて「おいたわしい」と書いたという。

 

僕が思い出すのはA級戦犯合祀以後、先々代・裕仁靖国神社参拝をやめたことである。日本軍の死者は「靖国で会おう」と言って死んでいったと聞く。それであるならば、他でもない天皇が参拝をやめるというのは全くの責任放棄である。どれだけ非難を浴びても裕仁だけはやめてはいけなかった。抗議の意図もあろうが、全く靖国神社はいうことを聞かなかったわけだ。A級戦犯合祀がどうしても受け入れられなかったのであるならば象徴天皇の原則をはみ出してでも止めるべきではなかったか。いや、「満州事変」のときだって、「支那事変」のときだって、「大東亜戦争」のときだってそんなことしなかったわけだからするわけないか。靖国に参拝もやめる。沖縄には行かない。どこまでもわが身かわいさからの行動としか僕には思えない。

 

裕仁だけの話ではない。僕はいつもいつも天皇の立場に立つやつらのいうことがどうにも気に食わんのだ。周りの顔色ばかり窺いやがって。そう強制させられているとみれば「おいたわしい」けども。しかしながら「反省」と口では述べているかもしれないが、あんなのは真摯な反省ではない。真摯な反省もせず責任逃れとしか思えないぼんやりとした言辞ばかり。お前らはいったい何の象徴なんだ。その始まりの時点からし象徴天皇制は既に破綻していたと僕は思う。

 

どうせ責任逃れをするなら「なんで朕が責められなきゃいけないのよぉ……」くらいのことは言ったらどうなんだ。当たり障りのないことばかり言うな!

 




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