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20250707.

参政党は排外主義政党ではないと思う。

一貫したアンチ・リベラル政党だ。

 

排外主義なんかどうでもいいのだ。彼らが求めているのは、リベラルの"権力"からの解放だ。

そんなことは僕が言わずともみんなわかってることかもしれない。だが、僕がそれにはっきりと気づいたのは、「チッソ」の件だった。

 

戦後、発展復興の為に水俣と共に歩んできたチッソの歴史を学ぶことも欠かせないのです。

 

これは参政党の議員がブログに書いた一文だ。ここばかり切り取られているが、実際に読むとこの一文から受ける印象よりはまともなことが書いてある。むしろ、あの記事の中ではこの文だけが浮いている。

 

「戦前から戦後、発展復興の為に水俣と共に歩んできたチッソの歴史」を学ぼうという呼びかけは、誰に向けてのものなのか。一見すると、意味がわからない。誰が学びたいと思うのだろうか。

 

だが、リベラルを憎んでいる人たちに向けて書いている、と思えば納得がいく。そう考えると参政党の主張の意図がするするっと理解できる。

 

どうして我々はこんなに敵視されているのだろうか。きっと先に彼らを痛めつけたのは我々なのだ。

 

思えばこれまでリベラルはマイノリティの権利擁護のために、広く大衆に様々な我慢を強いてきたのではなかったか。僕なんかもマイノリティの方が辛いのだからちょっとぐらい我慢しろと思ってきた人間だ。でもその我慢が、差別者だと自分たちを指弾する視線が、耐えられなくなったのではないか。

 

僕が彼らの気持ちを理解できるとすれば表現規制の問題だ。新サイバー条約だかなんだかのニュースを見た時、胸を締め付けられそうだった。「小学生に性的虐待をする漫画」が規制されるというだけでも辛いのに、「未成年の性行為描写」も禁止されるのだとしたらこれまで僕の大切にしてきたものが全部否定されたようなものだ。その時には弾圧を恐れずに地下で「違法」な漫画を描くくらいの気概はあるつもりだ。

 

我々はマジョリティを差別者として敵視して抑圧を加えるのではなく、マジョリティもマイノリティも両方が幸せになれる方途を探さなければならなかった。正直、我々だって差別的言動を一切しないことをずっと心がけて生きるのはしんどい。我々がしんどいと感じることを大多数の人に強制してはいけなかった。誰もしんどい思いをせずにみんなが自然と苦しい状況にある人を思いやれる社会を目指さなければならなかった。

 

どうすればいいのか見当もつかない。だが、探りながらやってみるしかない。

 

これはきっと第二の華青闘告発なのだと思う。起こっていることは反対のことだけども。華青闘告発が新左翼のマインドを変えて、そのエッセンスが巡り巡って社会を変えてきた(そのことが参政党を生んでしまったのだと思う)ように、変わっていかないといけない。

誰も置き去りにしてはいけない。みんなが苦しい人を心から喜んで思いやれる社会のために、何をすべきか必死で考えないといけない。

 




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