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20250630

ここ一週間は死刑制度関連のニュースが怒涛のように続いた。

 

6月23日には相模原事件の植松と獄中結婚をした妻がABEMA TVに出て話題をさらった。

 

6月27日には座間事件の白石が処刑された。

 

突然のことでびっくりした。早いな、と思った。

 

座間事件には何かひっかかる。語るべきことがありそうで語る言葉が何も出てこないのだ。

 

社会学者の中森弘樹さんも『「死にたい」とつぶやく』のなかで「(われわれの)印象にそれほど強く残っていないように見える」「事件のもつインプリケーションに関しても、現時点では十分に議論されているとは言いがたい」と書いていた。世間的には単なる猟奇殺人者と思われているのだろう。そしてその割には松永太のような印象的な苛烈さもない。中森さんは白石のことを世間がたやすく忘れてしまった――換言すればこの事件が物語性を欠いていた――ことから「親密圏とケア」という重要さを指摘してもしすぎることのない問題に切り込んでいく。興味のある人は前掲書を読んでほしい。

 

一方で僕は僕で「死にたい」と言っていたはずの被害者が白石に襲われた際に激しく抵抗した、という事実だけが印象に残っていたということと、そのことに世間が無関心であったこと、について何か言いたいような気がするのだが、やはり何も言葉が出てこない。死の直前の彼女たちの抵抗をもって「『死にたい』といっていた人が本当は生きたかった」ということにするのは、あまりにも短絡だ。死んだ人、今生きている人に対して敬意を欠いている。同様に白石のことを悪人だと罵ろうにも「今まさに死にたいと思っている人」がそれを聞いてどう思うかを気にして踏み切ることができない。彼ら/彼女らの意思を否定することになりやしないか。そして僕は身近な人が死にたいと語るとき、実際に言ってしまう。「死なないで」と。後悔している。でもどうすればよかったのかは今でもわからないのだ。いや、そんな話はいいのだ。中森さんの本にまさに書いてあるし。みんなも中森さんの話に耳を傾けた方がいい。

 

白石が処刑された日の翌日(6月28日)、僕は早稲田のキリスト教文化会館を訪ねていた。支援連(東アジア反日武装戦線への死刑•重刑攻撃とたたかう支援連絡会議)の集会である。東アジア反日武装戦線にとらわれてそればかり考えるようになって数ヶ月、ようやく当時のメンバーの話を聞くことができると感激していた。

 

そういえば、植松と結婚した女性がこんなことを言っていた。

 

聖さんが私の生きる希望になったんですね。

死刑囚は世の中にいらない存在だと思っていましたけど

その死刑囚が私に生きる希望を与えてくれたので

重度障害のある方も絶対誰かしらの生きる意味だったり価値になっているはずだと思って……

 

僕は植松には嫌悪と怒りしか感じない。苦しい思いをして生きている人をあえて手をかけるとは。福祉施設で働いたこともない僕が発言するのも憚られるが、それでも誰かの幸福や命の価値を別の誰かが断罪できるとする立場には怒りを覚える。

 

だが一方で自分の中に植松がいるとも思う。今僕は「苦しい思いをして生きている人をあえて手をかける」と書いた。書いてしまった。無意識のうちに。

 

この発想は逆転すれば「いい思いをしてきた人は殺すべきだ」ということになる。これが僕の中にいる植松だ。

 

「お金を持っているならば弱い人を搾取しているにちがいない」

「搾取しておいて自分だけ幸せな生活をしているような」

「そんな悪人は死をもって償うべきだ」

「そしてその悪人の一人が自分なのだ」

「だから僕もお前も死ぬべきなのだ」

 

仕事を始めていい給料をもらって幸せだった過去の日々の思い出に浸っていると、そんなことをよく考えるようになった。

そんな自分が東アジア反日武装戦線に惹かれたのは自然だった。

 

三菱重工爆破事件で八人の死者、三〇〇人以上の重傷者を出した彼ら("狼"部隊)はその声明文にこう言った。

 

“狼”の爆弾に依り、爆死し、あるいは負傷した人間は、『同じ労働者』でも『無関係の一般市民』でもない。彼らは、日帝中枢に寄生し、植民地主義に参画し、植民地人民の血で肥え太る植民者である。*1

 

この言葉がこだまし続けていたのだ。

 

いくら三菱が悪玉だとしても、普通は三菱の一般社員なんか狙わない。要人テロならみんな考えたりはするだろうけど(それでもほとんど実行に移されることはない)、パソナ電通Amazonの社員を狙ってテロをしようだなんて考えないだろう。しかも通行人も通るようなオフィス街で。そんなこと、思いつきすらしないのだ。

 

いい思いをしておきながら自分がその分の罰を受けるとは夢にも思っていない、そんな自分に釘を刺されるような思いがした。自分も、このオフィス街で働く多くの人も殺されても文句はいえないのだと思った。偶然爆心地を通りかかったがゆえの死。その可能性。千分の一の確率で死ぬかもしれないという状況。それぐらいがちょうどいいと思った。苦しんで生き、苦しんで死ぬ人々が大勢いるこの世界でのちょうどいいバランス。公平な社会に近づくための一撃だ。その状況を与えてくれたのだとしたら、三菱の爆破もむしろ立派なことをしたのではないかとすら思っていた。

 

しかし、三菱の実行部隊"狼"について調べてみるとどうやら、メンバーの誰も彼もが深く反省しているのである。あまりにも真摯な自己批判の弁を読んだ僕は、自分はなんてとんでもないことを考えていたのだと反省した。恥ずかしくなった。それから彼らの文章に触れながら少しずつそんなことを考えるをやめていった。本当に人を殺してしまいそれを真っ向から悔いる人たちの言葉には重みがあった。それでちょっとは変われたのかな、と思う。

 

だから植松の妻が、植松との交流で「いらない人間なんていないのだ」ということを悟ったという話には深く共感した。そうだよな。考えて、行動して、そうやって納得しないと、僕たちはそんな簡単なことすらわからないんだよな。そう思った。

 

"狼"の片岡利明が始めた死刑制度廃止闘争は今でも続いている(死刑囚絵画展などはその流れにある)。人を殺したのに、自分の番が回ってきたときにそんなことを言うのはおかしいんじゃないかと思う人もいると思う。普通の考えだろう。片岡利明も大道寺将司も死刑制度廃止闘争に身を投じることについては葛藤があったらしい。

 

集会には"大地の牙"の浴田由紀子と"さそり"の宇賀神寿一が来ていた。浴田由紀子は東アジア反日武装戦線のメンバーが青酸カリのカプセルを持ち歩いていたこと(各人の自由に任されていた)について悔いる。「死んだら責任が取れない」と。そして、「(いいことをしていると都合のいいように考えるのではなく)一人一人が葛藤し続けなければ過ちを起こす」のだと涙を流しながら語る。その姿にすっかり心を打たれてしまった。そういえば僕は"狼"の片岡利明や大道寺将司の葛藤しながら書いていることが伝わる文章が好きだった。やっぱり部隊は違っても同じ戦線の仲間なんだなと思った。全責任をとるつもりで考える。どうすれば自分が納得できるか考え続ける。浴田由紀子はそう続けた。結局そこに立ち返るしかないんだろう。ずしりと来た。やっぱり言葉は重かった。

 

余談だが、生前、斎藤和("大地の牙"。逮捕直後に青酸カリカプセルを呑みこみ自死)は「運動にはそれぞれの役割があり、いろんな戦線がある。俺たちは武装を担当しているから武装戦線なんだ」という話をしていたという。「労働戦線、文化戦線……、酒場で討論をするのは酒場戦線だ」と、斎藤和は笑っていたらしい。

 

それなら僕は漫画戦線だろうか。

漫画描くの頑張らなきゃな、と思ったのだった。

 

*1:この声明文は当時の左翼の間でも大変ウケが悪かったらしい。浴田由紀子も"大地の牙"に入ってから三菱の爆破とこの声明文について大道寺将司を問い詰める場面があったのだとか。将司の反省の弁を聞いてむしろいい人という印象に変わったらしい。




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