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20250610

林原めぐみの名前をよく見るので、林原の歌う曲をついつい聴いてしまう。まなびストレートのOPとかFly me to the moonとか。

 

ところでこのように何か悪いことをしたからといって関係ない人が誰かを袋叩きにすることが僕は大嫌いである。

 

今日のTwitterのトレンドに佐野海舟という単語があった。変な名前だなあ、なんで勝海舟? と思って調べてみたら、ハッシュタグの嵐で気分が悪くなった。なんでも性加害をして逮捕されたとかで、抗議の声が上がっているらしい。

 

ところで、あまり関係ないがサッカー選手はちょっと球遊びがうまいからってお金を貰いすぎだ。佐野とやらもまあそこそこもらっているようだ。スポーツ選手が高給取りになるのは何も人の幸せに貢献しないくせに広告にとち狂った金が動く現行の体制を象徴しているようで嫌な気分になる。しかも全然活躍しないと普通よりちょい上か下手したら給料低いくらいで、めっちゃ活躍した人だけアホみたいに金貰えるってのがね。

 

まあ佐野とやらのことはどうでもいい。一人の人間が貰うにしては分不相応なくらいには稼いでいるようだし、それでも応援してくれる人がたくさんいるようだし、まあネットでボコボコに叩かれるくらいがバランスもとれていいくらいだろう(本当は辛い事情とか抱えたらごめん)。

僕が気にかかるのは、こうした様子を見た市井の人たちである。市井の人が佐野・林原をリンチにかけられているさまに怒るのもけっして理由のないことではないはずだ。

 

たしかに性加害は恐ろしいことだ。その前とその後で人生が様変わりしてしまうかもしれない。辛さのあまり死んでしまうことだってあるし、ずっと加害のトラウマが死ぬまでつきまとうかもしれない。

 

これは林原めぐみの発言だって同じだろう。僕なんかもやっぱり林原には親しみがあるが、今回攻撃を受けた当該でないからヘラヘラしているのであって、もしそうだったらそれなりに深刻なトラウマになっていたかもしれない。

 

日本なんかこれまで他国をさんざん搾取して豊かな暮らしをしてこれたんだから、移民に福祉のリソースが取られるくらいでなんだというのだ。占領されたりしてたまには搾取される身分を味わうくらいでないと、これまでやってきたことにつり合いが取れないだろう。と、私見では思うものの、結局、現実問題そうなったときに割りを食うのは日本の中でもあんまり甘い汁をすすってないほうの人たちであって、本当に償いをすべきやつらは特にこれといった被害も受けないということは容易に想像がつく。ムカつくけど、いつもどうしたらやつらから搾り取った分を搾り取れるかいつも考えるんだけれども、全然思いつかない。最近のニュースだと「闇バイト」は「落とし前」をつけさせるという点ではうまくやってる*1と感心するが、そう思いつつも、それで惨たらしい暴力を肯定してしまうようでは東アジア反日武装戦線「狼」の反省を活かせない。

 

と、まあこんなふうに書いちゃうことからもわかると思うけど、僕自身暴力的な発想にとても流されやすいし、ネットリンチをする人の気持ちもわかるのだ。人をひどく傷つけた人間はその分の責め苦を負うべきだという気持ちもわかるのだ。しかし、それではそんなふうに味方になってくれる人がいない人はどうなるんだ。その人のしんどさは、苦しみは、決して晴らされないではないか。いや、それだけじゃない。佐野や林原を責めるという行為は、その人にお前の苦しみは晴らされる資格がないと言っているのと変わらないのではないか。彼らがネットリンチに怒るのは理由のないことではない。

 

そういうわけで個人の行為をことさらに咎めるのは僕は反対だ。それはある苦しみを特権視する態度であり、つまりは、ある苦しみに晴らされるだけのものを認めないという態度を示すことでもある。口古された言い方だけれども、結局はやはり、構造(システム)を問うべきなのだ。

 

ところで、林原の件について、「緒方恵美は左翼だからバランスが取れていい」などと大上段から偉そうにあらゆる人に対してリスペクトに欠けた発言を見た。こういう、何の責任感も使命感も罪悪感もなくこれを言ったらウケるだろうという軽はずみな気持ちで安全な場所から他人を嘲笑するやつが一番嫌いだ。発言者のプロフを見るとプログラミングという文字が。ああやっぱりか。

 

プログラミングなんかをアイデンティティにしているやつにはロクなのがいない。ちょっと昔の人だったらいいかもだけど、10~20代くらいのやつらはダメだ。最近は生成AIブームもあったりしてプログラマーの社会的評価がうなぎ上りに上がっている。Web(スマホアプリ含む)だって日常世界への侵略がはなはだしい。僕は見るたびに怒りに震えるのだが、今どき外食の店はどこも「モバイルオーダー」じゃないか!

 

きっとそういうアプリを作ったり、生成AIを我がもののような顔で高度に使いこなしたり(他人が作ったのに偉そうだ)しているうちにどんどん傲慢になっていくのだと思う。現在、生成AI(を含むプログラミング技術全般)には、まるで世界の秘密、あるいは全知全能の特別な力かのような位置づけが与えられているように思う。生成AIが神だとするならプログラマーは神官のようなものだ。しかし、彼らには昔の神官としての責任感などない。倫理もない。規範もない。伝統もない。知らず知らずのうちにプログラミングが生み出す特権意識に呑まれてしまうのが当たり前のことだと思うのだ。

 

逆にいえば、むしろ特権意識に呑まれないで居続けている人は立派だということで、これは僕の尊敬の対象になる。僕もプログラミングの仕事をしているが、会社勤めを一年続けて思ったことは、意外と立派な人が多かった*2ことだ。期待していない分、びっくりした。だが、まあそういうもんだろう。世の中にいる人はほとんどがひとりひとりその場その場ちゃんと考えて生きているんだから、みんな立派に決まっている。当然のことである一方、忘れやすいことでもある。そして、忘れていけないことだ。

*1:そうなんだけど、結局辛い境遇にある人が実行犯にさせられて割りを食っている……。

*2:まあ、上で書いたようなのに近い、ひどい人もいるんだけどね。




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