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20250603

今日のフロイト読書会はいい回だった。『精神分析入門』(新潮文庫、改版後)の第二十六講「リビドー論とナルシズム」。

 

自己愛性神経症(統合失調症や妄想性パーソナリティ障害などの妄想性を伴う神経症が代表的)の治療がなぜうまくいかないかを手掛かりに、リビドー(性の欲動)の働きや、ひいては精神分析の治療原理に迫る章だ。

 

今日は参加者が少なく、後輩と二人で読み進めていった。

 

神経症(感情転移型神経症)の治療の実践とその基礎づけによって、精神分析理論を確立したフロイトは自己愛性神経症の治療という壁に当たる。「つまり彼らは我々の手では、治せないのです」(前掲書227頁)と率直に書いているように、現に挫折することになる。だが、その苦闘の過程でフロイトが得たものもあった。それがリビドーの逆充当という概念である。

 

リビドーは成人であれば、性的欲求の対象に向かう。このことをリビドーの充当という。他者を(性的に)欲望する、ということである。ところが、対象に向かわずに自分に向かう場合もあるという。それがリビドーの逆充当だ。

 

リビドーの逆充当ということを最初に主張したのはK.アブラハムという精神分析家だったらしい。対象へのリビドー充当が行われないことが「精神分裂病」の原因である。そしてそのとき、対象から逸らされたリビドーは自分に向かうのだという。このように、対象によって満足を得ようとするリビドーが対象の代わりに自分を充てることをナルシズムとフロイトは呼んだ。成人においては倒錯とされるナルシズムの方が実は根源的な状態であって、幼児期には対象愛は存在せず、リビドーは自分に向かっていて、自己保存欲動と調和していたという話も重要なのだが(対象関係論に繋がる)、何より僕にとって重要なのはこうしたナルシズム的リビドーの蓄積には限界があって、病理化するという点だ。裏を返せば、リビドーに対象がいなければ精神の調子に異常をきたすということである。

 

僕が初めてリビドーの具体的な対象(アニメのキャラではない)というものを得たのは五年前のことだった。思い返してみれば、それから自分は活き活きし始めたように思う。それ以来、挫折を繰り返しながら、恋愛の対象を失うたびに(失恋ということだ)新しい相手をある種の強迫をもって探してきた。なんだかそうしなければ落ち着かなかったのだ。

 

どうしてだろうかと考えた。これまで有効だったのは最初の恋愛の代理説だ。最初の挫折が始まりで、それ以降の愛情はすべてその満たされなかった欲望の代理である。もちろん、別に僕は代わりだと思って好きになった訳ではないし、真剣にこの人しかいないと思って好きになってはいるのだが、すぐ人を好きになるようになった自分の変化を説明するにはこれが一番納得感があった。

 

これもまったくもって精神分析的な話である。僕に馴染んだ言葉を使うなら、『ヤサシイワタシ』仮説だ。『ヤサシイワタシ』*1の主人公の交際相手・弥恵は、父親への満たされなかった愛情を抱えて、その代理を元彼某に、その元彼某の代理の役目を主人公に負わせたのだった。その果てに弥恵は自殺する。リビドーが自我に逆流した、ということになるだろうか。どうして死んじゃったんだろうね。まさか主人公が悪かったというような単純な話でもあるまい。もっとしっかりしていれば、なんて仮定は無意味だ。でもきっと弥恵はそうするしかなかった。

 

逆に僕は大学に入った最初のころまで鬱病にひどく悩んでいた。リビドーの対象がいなかったころだ。フロイト理論に従うなら、リビドーの逆充当によってメランコリーに陥っていた、と説明できるだろうか。そこに現れた女性がいた。リビドーに対象が生まれた。そこから、いろいろな感情を体験して、僕は今の僕になった。

 

リビドーが対象に向かうこと自体が大事だったとするなら、今まで僕に起きたことも納得がいく。後ろめたさが軽くなった。『ヤサシイワタシ』仮説がずっと心にのしかかってきたからだ。

 

どうして相手を求めてしまうのか。本当に過去の人にこだわり続けているのか。だとしたら、今の相手に失礼ではないか。違うと思う。それだけじゃないと思う。でもそれも本当なのか。抑圧してるだけじゃないのか。そういうところがないわけじゃないかもしれないけれど……。『ヤサシイワタシ』仮説に僕はモヤモヤしてきた。苦しめられてきたといってよい。だって、最初の相手と結ばれないで付き合ったら、それはずっと相手に失礼を働いているということになりやしないか。いつも申し訳なくなる。

 

その点、初めに付き合った相手はよかった。あなたも誰かの代わりなのだ、という言葉に僕は楽になれた。そんな相手だからこだわった。

 

そういえば昨日、その元交際相手に、交際相手が欲しいなどと泣きついていたら、「恋愛は降りてくる」と返ってきた。その言葉が妙にしっくりきた。無理せずにやろうという気になった。この人といっときでも付き合えてよかったなあ、と思ったのだった。

 

*1:ひぐちアサ『ヤサシイワタシ』(講談社月刊アフタヌーン』2001~2002連載)




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