今日の仕事は昨日にましてきつかった。
肺の調子も悪いし、咳を止めようと飲んだメジコンのせいか気分も悪く、そんな調子だから進捗も悪かった。
終わらせなければいけないことが終わらなくて焦りばかりが募ってひどく消耗してしまった。仕事がうまくいっている日は概して消耗しないものだ。仕事が終わった後も元気に過ごせる。こういう日にやたら消耗するのは会社の人の目が気になるからだろう。仕事ができないという意識があると、実際には誰も責める人なんかいないのに、内面化された自分を責める会社の人の視線が自分の中でどんどん大きくなってくる。
みんな規律訓練型権力(こっちがフーコーなのはいいとして……)から環境管理型権力(この言葉自体はあずまんが言い出したんだよね? 他にタネ本あるかもだけど……)へって話ばかりするけど(僕の周りだけ?)、こうやって自分が何の役にも立たないような集団の中に入ってわかったことは、規律訓練型権力というのは自分が「劣っている」「居場所がない」という人の心に強く作用するということだ。
労働者なのに「経営者目線」な人がときどき話題になるけど、ああなっちゃう理由、正直働きだす前は全くピンと来なかったな。仕事ができないと思えば思うほど、その世界の倫理で上位に立つことで取り返そうとする誘惑に駆られる、ということには今はすごく納得がいく。自分を責める声に媚びることでなんとかその場をしのごうとするわけだ。
僕も仕事ができるようになって、金も人よりもらって、その有り余る金で場所作ったり人を助けたり(それでアドバンテージを作って生き残ろうというわけだ)、あわよくば、不労所得で生活を送って院とかに行ったり、逆にふつうに結婚して家族を作ったり、そういう想像ばかりしていたんだけど、もう働いて数ヶ月になるし、自分にそんな能力はないということを突き付けられるわけで、今は仕事の上達よりも自分を守ることを考えなければいけないわけで、本当に嫌になる。
今日も早めに寝ようと思う。仕事のことはもうあまり考えない方がいい。いったん、仕事ができるようになってお金を稼げるようになったらどうのこうのという妄想もやめにする。惨めになるだけだ。何のために仕事をするのか、とかも考えない。そういうことを考えているから自分をどんどん追い詰めてしまう。さみしい人生のような気がするけど、今はいったん、そうするほかない。