少し更新の間隔が空いてしまった。
京都に帰っていたためである。
年越しの瞬間はエロゲ(僕はやったことはない)のジグゾーパズルをやりながら迎えた。漫トロの会員が持ち込んだものだ。1000ピースくらいあって四、五人がかりで七時間あまりを要した。食べたかった店に行ったし、ボドゲも満足にしたし、イベントも盛りだくさんで満足の帰還だった。
友人と『ラブ&ポップ』*1を観たことはずっと記憶に残ると思う。人のぬくもりの恋しさで溢れた最高の映画だった。最近は周りで中年になってからの孤独が怖いという話ばかり聞くようになった。
「死にたくなるんだよ……」
『ラブ&ポップ』のあの陽気な男は突如表情を暗くしてそう呟いた。現に女子高生を買って家で自作の料理を食べさせている男である。
ひとつ、話を変えてみる。
僕の友達は特定の声優に髪色を黒に戻すよう繰り返し要求し続けている。ところが、仮に交際相手や結婚相手がいたとして、そして自分が彼女の染めた色の髪を黒髪にしてほしいと思っていたとして、黒髪に戻せと要求できるだろうか。
その彼女が本当に大事ならば黒髪に戻せなんて言えないんじゃないだろうか。
お前がこうやって裸になっている間、お前のことを大事に思っているやつが死ぬほど悲しい思いをしているんだぞ。
お前が裸になっている間、お前のことを誰も考えていないなんて思っているのか?
町田ひらくの漫画で、少女が悪い男にかどわかされ、長い髪を無理やり切ることを強いられる、という場面がある。男への好意から自分を極限まで安売りしてしまう少女のそのさまは、「黒髪に戻せ」と要求される声優と、どこか重なって見える。そこに「お前が裸になっている間、お前のことを誰も考えていないなんて思っているのか?」という台詞が重なってくる。そういえば、僕がよくウォッチしている声優オタクたちは毎日のように「脱衣」の大合唱を響かせている。
そのセリフ考えた人って優しい人だね。
それは、おまえには価値があるっていうことでしょ。安売りするなっていうことでしょ。
自分の存在が、誰かにとってとっても価値のあることだから、その誰かが死ぬほど悲しい思いをするってことでしょ。
どうして彼らは売春をするのか。
声優に黒染めや脱衣を要求しているのか。
人が怖いのに、人を求めてしまうのか。
彼らはなぜ、人のかたちをしたモノ(=商品)を求めてしまうのか。
世の中のものは必ず終わっていく。人の気持ちも終わっていく
そうだ。
変わることが怖いんだ。
気の遠くなるような努力をして大切な恋人ができたとしよう。
大切だからこそ「髪を染めろ」なんて言えないじゃないか。
「胸のはだけた写真集を出せ」なんて言えないじゃないか。
自らの欲望が、僕は怖い。
かりに大切な人ができたとして、うっかり僕が望んだことで傷つけてしまわないだろうか。
自分の欲望をあらわにしてしまったとき、相手を失望させてしまわないだろうか。
僕には交際相手はいない。
でも、未来の恋人に見捨てられる瞬間を思うと気が狂いそうになる。
その恐怖から目を逸らして日々を生きている。
だから、僕は声優オタクの気持ちはわかる。
どんなに深い関係でも、いや深い関係だからこそ「裸になれ」なんて言えない。「裸になれ」という叫びは、僕には変わらないものへの希求に聞こえる。彼らは自らの暴力性に怯えて、そこから逃れるように「裸になれ」と叫ぶ。そうやってアイロニカルな態度でもって何かに呑み込まれないように抵抗しているのだ。
僕は声優オタクなんて嫌いだ。「推し活」などという言葉は大嫌いだ。
でもせめて、人をモノとしてみなさなければ生きていけないその在り方に、悲哀を感じとることくらいはできる。
*1:僕がこの感じにもかかわらず恥ずかしながら観ていない映画シリーズの一つだ。庵野の実写、今敏の映画、ビューティフル・ドリーマーなど。