整骨院にまた行ってきた。
なるべくすぐに来いと言われるので、寛大な心で通ってみる。
文フリも近くて正念場だしな。
そういえば、地元で整体に通っていた頃は、その時だけ精神状態がよかったな。整体に行くのは結構大事なのかもしれない。
京都で『敷居の住人』をチラッと読み、これは紙でもちゃんと持っておいていつでも読める状態にしておかないといけないと確信したので、メルカリなどで志村貴子の初期の作品を注文していたのだが、それが続々と到着しつつある。
でも今考えると漫画読み始めた頃『敷居の住人』の価値わかんなかったよな。最初の頃はもっとはっきりとしたわかりやすい言葉でもって自分のようなウジウジした人間を肯定してくれる作品が好きだったような気がする。それがだんだんとより微細でハイコンテキストな表現を読み取れるようになって、優れているけれど読みにくいと評されがちな漫画の何が素晴らしいのかわかるようになってきた。昔はそんなこと感じたことがなかったのに、キャラクターが実際に生きているように感じられるようになってきた。自分の身近な知り合いのように感じられるのだ*1。
とはいってもこれは僕が漫画を読む力が上がったということではないと思う。現に少年漫画はますます読めなくなっている。漫画の読み方が変わってしまっただけのだろう。逆に昔は何も面白くなかった少女漫画(の一部)は読めるようになってきたし。ただ、趣向が変わっただけだ。何も、うまくなんかなっていない(漫画読むとうまくなったと思いたいし、思ったりもするけどね。)。