京都に帰り、ホリィ・センと恋愛の話をした。
僕には相手にとって自分が「この人じゃなければダメだ」ということに強いこだわりがある。マッチングアプリをやった方がいいとなんとなく思いつつ踏み出せないのはここが大きい。
そしてそれは相手の「この人じゃなければ」ということを確信できれば、それでよい。確信できればいいという点が重要だ。現実問題、「この人じゃなければ」いけないなんていう状況はありえない。仮にそんな風に思ってくれる人がいたとして、自分がそもそも最初から生まれてなかったらどうだろうか。結局、たいていの場合は、その人は別の誰かの力を借りながら自分の力で人生をなんとか乗り切っていくだろう。「自分じゃなければいけない」なんてのは思い上がりだ。一人の力で人の人生をどうこうすることは困難だと僕は思う。
それでも「この人じゃなければ」「自分じゃなければ」と思ったり思われたりする営みが僕には尊いことに思える。そうでないと一緒になる意味がないだろ。
だからどうにもマッチングアプリに踏み出せない。人間を擬似的な商品として次々にスクロールしていく、あのUIが受けつけない。アプリの設計思想の時点で、僕らはいくらでも代わりがいるものとして扱われている。
代替可能な人間だって扱われるのは労働の領域だけで十分だ。それすら耐え難いのに。
お見合いで結婚するのだってそうだろ、と思う人もいるかもしれない。ロマンティックラブ・イデオロギーにとらわれすぎると。でも、その人と一緒の時間を過ごす長い人生のその瞬間瞬間に、商品みたいに並べられた経験が脳裏をかすめることが嫌だ。そしてその相手を選んだ以上、僕はその経験を一生の間肯定し続けなければいけない。
そんな人生を選ぶくらいなら恋人なんかいなくていい。
30くらいになるまでに何もなければ身の振り方を考えないと。もちろん、そんなことは考えたくない。