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20241023(2)

私がさっき入信したスヤスヤ教。聖地がネルサレムっていうんですけど、各自の寝室がネルサレムにあたり、毎日の聖地巡礼が義務付けられてるんですよ。で、今なんとなく布団の上にいるんですけど「今、私は私の聖地ネルサレムにいる…!」って思ったらめちゃくちゃ癒されてしまった。なんだこの気持ち。

 

このようなツイートが話題になっている。

 

もちろんガザでの虐殺に対してあまりにも無神経すぎるという話である。

 

初めに言っておくが、僕はこのツイートのようなことをのたまう輩は一人残らず滅びればいいと思うし、世界中から非難の目に晒されて一生自分の言動を悔い続ける人生を送って欲しいと思う。世界に対して罪悪感を抱かないこのあり様があまりにも癪に障る。こんなやつらを見ていると僕が日々貧困や抑圧、虐殺に対して何もできないのを悔いているのがバカみたいではないか。お前らはその能天気な性格によって間違いなく得をしている。僕も結局具体的な支援とかは何もしてないからあんまりこの発言の内容に対して何か文句をつける気にもなれないし、あまりにも当事者から遠いところにいるために、正直実際のところこれが失礼なのかどうかも判断はつかないのだけど、ただただ個人的な問題で苛ついている。申し訳なくなってきたので今寄付の申し込みをしました。明日一万振り込んできます。ここから申し込めるらしいよ。

 

しかし、一方で、SNSさえなければこの人たちもこんなに叩かれずに済んだのではないか、と思う。いや、こんなやつらが叩かれるのはどうでもいい。それはいいことだ。問題は、この僕が叩かれるかどうかということなのだ。みんなの問題でもある。

 

Web技術の大衆化で世界は変わった。何か日常で起こったことをすぐに全世界に向けて言いたくなるようになった。技術が欲望の在り方を変えたし、発言の影響範囲も変わった。みんながSNSをやっているとなんか自分もやらなければならないような感じが出るし、何か人と競っているものがあるなら、なおさらSNSからは逃れられない。

 

失言を避け、万人受けする発言のできるような人がウケる世の中になっているような気がする。それはそれで癪に障る。いいよな、お前らは。俺はいつも怖い。みんな実は頑張ってんのかな。俺も頑張らないといけないのかな。でもそれはおかしい。なんで頑張らないといけないんだよ。この世界は頑張らないといけないことが多すぎる。




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