差別はよくないというが、いつもそういえる立場の特権性ということを考えてしまう。僕はあまり差別に苦しんだことはないのだが、当事者でもないのに差別がよくないなどと言えてしまうのは紛れもなくレベルの高い教育を受ける環境に恵まれたからだ。
差別はなくなってほしいとは思っているし、自分が指摘されたときには大いに反省はするのだが、目の前で差別的言動をしている人を見たときはどうしても一旦立ち止まってこの人に差別ないけないなんて言えるだろうか、と考えてしまう。
大した苦労もしてないで差別してるような人間は許せないし、非難することに何のためらいもないが、世の中そういう人間ばかりでもない。差別で苦しんできた人がまた別の人たちへの差別を行っている場合が多いのだと思う。
自分が差別を糾弾する立場なのが前提みたいにして話を進めたが、かくいう僕は差別主義者だ。正しい指摘をされたら反省するけど、普通に人を差別する人間だ。日々後ろめたいとか罪悪感が…って話をよくするが、自分に罪悪感も後ろめたさも抱かせない悪人がいたら、僕は人前で死ねとか言ったりする。間違っているとも思わない。それで時々引かれてしまう。でもやっぱり、世の中には死んだ方がいい人間はいると思う。