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20240812(4)

はっきり言って僕はかなり精神的に追い込まれた状況にあるのかもしれないが、何に由来しているのかというと、やはり労働だ。

 

まず単純に時間が拘束されてこれまでより好きに時間を使えなくなったことがしんどい。

 

もう一つ目は、賃金が誰か必要な人から「盗んだ」ものなのではないかという強迫的な疑念だ。これまでだって親のすねをかじってきたわけだから、親の賃金に対してそんな疑問を持つチャンスはいくらでもあったのかもしれない。賃金をもらって初めてそのことに思い至る自分を恥じる。がその一方で、自分ごとでないとその疑念は持ちえなかったとも思う。親の賃金を疑うのは下手したら自分だけではなく父も母も否定することになる。率直に言って僕のこの疑念は鬱に一つの原因を求められると思うのだが、鬱では親まで否定するというのは難しい。ある程度全てが自分の責任の範囲内になったとき初めてできたことなのだと思う。

 

さて、今のこの労働は誰かから盗んだものなのかもしれないというこの疑念が、マルクス主義の単純な資本家が労働者から剰余価値を搾取するという搾取観が往々にして現代に通用しない理由を説明できるかもしれないとふと思った*1

 

かつては自分の労働が社会にどんな影響を与えているのかを理解することは容易だった。しかし労働が多様化した現在、それを把握することは困難を極める。だから自分の賃金が誰かから「盗んだ」ものかもしれないという疑念が生じる。そういえば会社でも経営論として「社会貢献性」が「社員」のモチベーションを上げる上で大事なのだという話を来たことがある。経営者がそんな心配をしなければいけないということ自体、「盗み」の疑念が労働者一般に広がっていることを示しているのではないだろうか。

 

ここから社会運動が発展しない原因も説明できる。「窃盗」妄想に駆られたアンダークラスより上の階層の労働者はアンダークラスの労働者に復讐されるのではないかという疑念をもつ。盗人がターゲットを疑うように。資本家が労働者を疑うように。こうなるともうアンダークラスと連帯しようとはならない。だから資本家が自らの搾取と蓄財を正当化したように、少し上の階層の労働者すらアンダークラスの労働者がその地位にいることを正当化しようとする。そうやって労働者はこまぎれに分断されていく。

 

と、ここまで書いたけど似たようなことを誰かが言っているような気もする。誰か知ってたら教えてください。

 

*1:不勉強なので詳しい人に突っ込まれないか怯えながら書いている




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