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横文字多すぎますう〜わんわん物語

 ぼくの名前はポチ。ふつうの犬だ。飼い主は会社員で、毎日スーツを着て、朝から晩まで横文字を口にしている。ぼくの耳は本来、鳥のさえずりや風の音に敏感なはずなのに、最近は「サーキュレーター」とか「アントレプレナーシップ」とか、やたらと舌を転がすカタカナ音が飛び込んでくる。ふざけんな、わんわん、だ。ぼくの辞書にある言葉は「散歩」「ごはん」「おすわり」「わんわん」で十分なのに、人間たちはどうしてこんなに横文字を増やすんだろう。
 まず「サーキュレーター」。扇風機じゃだめなのか? 風を回す道具なら昔から日本にあっただろう。ぼくは夏になると床にぺたりと寝そべり、風が体をなでるのを楽しみにしている。扇風機であれ、団扇であれ、風は風だ。なのに飼い主は得意げに言う。「これはサーキュレーターだから、空気循環が違うんだよ」。空気を回すことにまで、わざわざ横文字をつける必要があるのか? 犬にだってわかる。風はただ吹けばいい。ぼくは尻尾をふって、扇風機とサーキュレーターのちがいなんて気にしない。ただ心の中で「ふざけんなですよわんわん」とつぶやいている。
 次に「アントレプレナーシップ」。これを聞いた時、ぼくは耳をぴくりと動かし、首をかしげた。なにやら立派そうに響くが、要するに「起業精神」ではないのか。飼い主は仕事帰りに友人と話していた。「やっぱりこれからはアントレプレナーシップが重要だよな」。ふむ、犬社会に置き換えてみよう。もしぼくが仲間の犬たちと起業するとしたら、「わんわん散歩代行サービス」とか「骨ガムのサブスクリプション」あたりだろうか。だがそんなもの、昔から犬たちは自分で工夫して生きてきたのだ。穴を掘り、餌を探し、仲間と群れを作り、必要なものは分け合ってきた。立派な横文字を使わなくても、ぼくらは生き延びてきたのだ。それこそが犬的アントレプレナーシップだと、ぼくは胸を張って言いたい。
 「コンプライアンス」もそうだ。飼い主の会社では、これが合言葉らしい。「コンプライアンス違反だ」「コンプライアンスを徹底しろ」と、毎日のように聞く。だが要するに「法令遵守」「ルールを守る」ことじゃないか。ぼくら犬はもっと単純だ。飼い主が「待て」と言えば待ち、「おすわり」と言えば腰を下ろす。ルールを守ることに横文字を使ったりはしない。たしかに時には、ルールを破って台所に忍び込むこともある。だがそれは「反逆精神」であって、わざわざカタカナにする必要はない。ぼくが思うに、人間は「コンプライアンス」と言葉を固くすればするほど、かえって中身を軽くしてしまっているのではないか。だって、飼い主だって「残業はだめ」と言いながら、夜遅くまでパソコンを叩いているのだから。
 そして「アライアンス」。ぼくは最初「アライグマの仲間かな?」と思った。だがどうやら会社同士が協力することらしい。犬の世界ではもっと単純だ。大きな犬と小さな犬が一緒に散歩すれば、それがアライアンス。猫と一時的に休戦して同じ縁側で昼寝すれば、それもアライアンス。そんなことにまで立派な横文字をつける人間の癖に、ぼくはあきれてしまう。アライアンスを結んだとしても、どうせすぐにけんかしたり裏切ったりするのだろう? 犬はもっと誠実だ。群れの仲間を裏切らない。仲間を守るために命を張る。それが本当のアライアンスじゃないか。
 ここまで書いてみると、横文字はどれも「昔からあることを、わざと難しく言っている」だけのように見えてくる。サーキュレーターは扇風機、アントレプレナーシップは工夫と勇気、コンプライアンスはルールを守ること、アライアンスは仲間と協力すること。犬にもわかる。犬だからこそわかる。言葉を飾れば飾るほど、人間は自分たちの行動から遠ざかってしまうのだろう。ぼくはただ、散歩の途中で風に耳をなびかせながら、「ほんとうはもっと簡単でいいのに」と考えている。
 けれど人間が横文字を手放せない理由も、少しは想像できる。彼らは不安なのだ。日本語だけでは時代に取り残される気がして、世界とつながるためにカタカナをまぶす。横文字を口にすることで、最新の知識に触れている気分になれる。仲間と共通の暗号を使うことで、自分が集団に属していると安心できる。ぼくら犬が「わんわん」と吠え合うのと同じで、横文字は人間にとっての社会的な合図なのだろう。そう考えると、少しだけ許してやってもいい気がする。だがそれでも「ふざけんなですよわんわん」と言いたい気持ちは消えない。だって、あまりに多すぎるからだ。
 ある日のこと。飼い主が友人を家に招き、リビングで話し込んでいた。ぼくはテーブルの下に丸くなっていたが、耳はしっかり彼らの会話を拾っていた。「最近はサステナビリティダイバーシティが重要でさ、イノベーションにはアジャイルマインドセットが不可欠なんだよね」。ふむ、意味はさっぱりわからない。だが犬的に翻訳すればこうだ。「自然と仲良く」「仲間を大事に」「新しい遊びを考え」「臨機応変に動く」。これならすべてぼくらの日常だ。森の匂いを嗅ぎ分け、仲間の匂いを確認し、新しい遊びを探して走り回り、状況に応じて吠えたり寝たりする。犬はすでに実践している。人間はわざわざ難しい言葉を積み重ねて、ようやく犬の知恵に追いつこうとしているのかもしれない。
 ぼくは思う。横文字は敵ではない。ただ、それに振り回されてしまう人間の弱さが、ぼくを笑わせ、少し悲しくもさせるのだ。飼い主が仕事で疲れきり、ソファに倒れ込む。横文字を連発していた舌も、ようやく静かになる。そのときぼくは、彼の足元に寄り添って、ぺろりと舐める。そこには「リカバリー」も「リフレッシュ」も必要ない。ただ眠ればいい。眠って、明日また散歩に行けばいい。ぼくら犬の世界には、それで十分なのだから。
 外では夜風が吹いている。サーキュレーターなんてなくても、窓を開ければ風は入ってくる。ぼくはその風を胸いっぱいに吸い込み、鼻をひくひくさせながら思う。世界はすでに循環している。人間が横文字を重ねても重ねなくても、風は吹き、草は伸び、犬は吠える。だからこそ、ぼくは叫びたい。「横文字ばかりの世の中よ、ふざけんなですよわんわん!」と。だが同時に、こうも思うのだ。横文字を笑いながら噛み砕き、日本語に戻して遊ぶこと。それもまた、犬と人間が一緒に生きるための、新しい「アライアンス」なのかもしれない。




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