「がんばらなくていいよ。楽に生きよう」
これが彼の口癖だった。
インフルエンサー界の救世主を気取る無努力(むどりょく)カイセイ。フォロワー数は桁違い、弱音を吐く人々の心を癒すはずの男である。
――ただし、舞台裏は地獄だった。
午前三時。カイセイはベッドから飛び起き、最新の活動量計をにらみながら懸垂百回。
「楽に生きろ」と言うために、彼は毎日プロテインとサプリを山のように飲み、肝臓をフル稼働させる。
肝臓はきっとこう呟いていただろう。
――「楽に生きたいのは俺の方だ」
動画はいつも十五分。
「編集なんてしなくていいよ、自然体で」
そう言う裏で、編集スタッフは徹夜三日目。効果音の“ポヨン”ひとつに一時間の会議。自然体を演出するために最も不自然な労力が注ぎ込まれる。
コメント欄には「癒されました」「救われました」の連打。
救われたのは視聴者、沈んでいくのはスタッフの眼球。
「がんばらない生き方」講演会。
入場料は3万円。満員御礼。
壇上のカイセイは笑顔で言う。
「仕事をやめてもいいんだよ」
――その言葉を聞くために三時間残業して駆けつけた聴衆が、うっとりと拍手を送る。
皮肉なことに、彼らが「がんばらない」を聞きに来るために、必死で「がんばる」のであった。
過労で倒れた。
ニュースは「カイセイ、無理しすぎて入院」と報じる。
世間は心配し、フォロワーは涙する。
だが病室からのライブ配信で彼は言った。
「がんばらない僕だから、すぐ戻ってきたよ」
点滴を刺したまま。目の下に濃いクマを塗り隠しながら。
拍手の絵文字が流れる。
だがベッド脇にはスケジュール表。退院後二週間で講演八本、広告案件十件。
看護師が呟く。
「この人、がんばらない詐欺じゃない?」
カイセイを信じた者たちは、次々と会社を辞める。
だが現実は非情だった。
退職金もなく、家賃は払えず、最終的にはクラファンで「がんばらない生き方を続けたいので支援お願いします」と必死に呼びかける。
――誰よりもがんばって。
がんばらない教団は、皮肉にも「がんばりの強制労働キャンプ」へと進化していった。
インフルエンサー分析シリーズ第40回。
分析者はペンを走らせながら、乾いた笑いを漏らした。
「がんばらない」と言うために死ぬほどがんばる。
これほど完璧な茶番は他にない。
しかも観客はみなそれを望んでいる。
「楽でいたい」という欲望を餌に、もっと深い地獄へ落ちていく。
最期の動画。
カイセイは憔悴しきった顔で、カメラに向かって囁く。
「君たち、がんばらなくていいんだよ」
直後、配信画面が途切れる。
心拍モニターが無慈悲に赤く点滅していた。
翌日、ニュースの見出しはこうだった。
「“がんばらない”を命がけで体現した男」
皮肉にも、その死が最大のマーケティングとなり、フォロワー数は一千万を突破した。