最初の兆しは、耳鳴りだった。
夜、机に向かっていると、部屋の奥から高い電子音のようなものが微かに響く。冷蔵庫のモーターかと思ったが、冷蔵庫を止めても消えない。耳の奥で鳴っている。キーン、と細い針金を震わせるような音。最初は一過性だろうと軽く考えた。寝不足か、カフェインの取りすぎか。
だが翌朝になっても、音は消えなかった。
右耳から世界が一枚膜を張ったように遠のいている。人の声がぼやけ、電子レンジのピッという音がやけに鈍く響く。片耳だけが水中に沈んだような感覚。言葉が言葉のまま届かず、意味に変換する前に歪んでしまう。
耳鼻科の待合室で、診察の呼び出しを待っていると、周囲のざわめきが異様にこもって聞こえた。
隣の親子が話す声は、こちらの耳には泡が弾ける音のように届く。子どもの笑い声が不自然に途切れ、母親の声は紙に書いた文字をこすり合わせるようにざらついていた。私は順番を待ちながら、自分の体が世界のバランスから外れていくのをはっきり感じた。
診察室に呼ばれると、聴力検査が始まった。
ヘッドホンを装着し、左右から流れる音に手を挙げる。最初はかすかに聞こえた。ピッ、という音に合わせて右手を上げる。しかし次第に音が消え、沈黙が続く。機械は何かを流しているのだろうが、右耳には何も届かない。
医師は「突発性難聴です」と淡々と告げた。ストレスや過労が引き金になることが多い、早めの治療が必要、薬で回復する場合もあれば、後遺症が残る場合もある――説明は整っていたが、私には「聞こえない」という事実しか響かなかった。
病院を出ると、街のざわめきが半分消えていた。車のクラクションは遠雷のように遅れて響き、自転車のベルは金属の錆びた軋みに変わった。人の話し声は、まるで別の言語に聞こえる。意味は推測できても、音は理解を拒む。
家に戻り、ブログを書こうとパソコンに向かった。だが音楽が聞けない。好きだったクラシックのピアノ曲は、旋律が途中で崩れ、片方の耳が補おうとするが調子が合わない。まるで鍵盤が狂った楽器を聴いているようだった。静寂は耐えられる。だが、半端に崩れた音は耐え難い。
それでも、文章を書こうとした。
引用文を音声読み上げにかける。だが合成音声が片耳でしか届かず、単語が途切れ途切れになる。意味を補うために文字を追いたいが、目はもう曇っている。
――読めない。聞けない。
言葉の入口が一つ、また一つと閉ざされていく。
私は机に突っ伏し、両耳を押さえた。外の車の音が遠くで響く。左耳だけで拾う世界は、ひどく頼りない。まるで左右の翼の片方をもがれた鳥のように、不安定に空気の上で揺れていた。
「負けたくない」
声にならない声が喉から漏れた。
見えない。聞こえない。だが、それでも私はまだ文章を書きたかった。言葉に触れたいと、体の芯が叫んでいた。
その夜、私は初めて「誰かに読んでもらう」という方法を試した。
知人に電話をし、ある本の一節を声に出して読んでもらった。左耳に響く生身の声は、合成音声とは違い、温度を帯びていた。聞き取れない部分もあったが、曖昧な響きが逆に余白を作り、私は想像力で埋めることができた。
読み終えたあと、知人は「で、これをどう書くの?」と笑った。私はうまく答えられず、ただ「ありがとう」と言った。
ページをめくる音、声の抑揚、言葉の隙間。世界は半分失われていたが、半分はまだ残っていた。
「半分残っている」という事実を、私はその晩、はじめて肯定的に受け止められた。
だが希望は長くは続かない。
一週間後、耳鳴りはさらに強まり、左耳にまでかすかな雑音が混じり始めた。静かな部屋に座っていると、世界のすべてがラジオの砂嵐に覆われているように感じる。
「これ以上、何を奪う気だ」
私は天井を睨みながらつぶやいた。声は自分の喉から出ているはずだが、右耳には届かなかった。
虚無は、視界を曇らせただけではなかった。
今度は世界の音を削ぎ落とし、私を沈黙の檻に閉じ込め始めたのだ。