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誤配三連休――返品不可のキャンパス・ノート

0. 前口上

三連休、大学は空気がゆるむ。掲示板の予定は白紙で、食堂のトレーだけが規則正しく積み上がる。文学部の学生は総じて退屈していた。退屈には二種類ある――何も起きない退屈と、何も起こさない退屈である。そこで、私たちは窓口を作ることにした。

【臨時案内】退屈返品窓口(文学部棟1階ロビー) 受付:青井清/橋本カタ
但し書き:誠意は返品不可、愛もまた同様。

但し書きは橋本が書いた。「制度には盲点がいる」と言い切る顔で。私は黒マジックで文字を太くした。太くすれば真実に見える、その程度の誠実さで。


1. 一日目・午前「窓口を作る」

最初の来訪者は、いつも厚さ3ミリの本を抱えている上級生だった。名札には「ホンすけ」とあった。

「返品したいのは、薄い満足です」

「状態は?」と橋本。

「未読既読混在、ほぼ無傷。ただし、積むと崩れます」

私たちは窓口の奥に段ボールを用意した。手書きで『誤配箱』と書く。返金はできないが、あげ先は見つけられる。そう決めた。

宛先:眠れない一年生
内容物:薄い満足(読みやすいが残らない)×多数
取扱:雑に扱ってもいいが、時々笑うこと

ホンすけは肩の荷を下ろし、三ミリぶんだけ軽くなった顔で去った。三ミリは誤差だが、誤差にも色はある。昼の光は少しだけやわらいだ。


2. 一日目・午後「掲示板が喋りだす」

掲示板のスレッドに、見知らぬIDが並ぶ。

id:じっとできないからジッド読む  「退屈の返品、既読無視でOK?」
id:ベケット読んでボケッとする    「待ちながら待つ技術、講義希望」
id:焦りすぎてアリストテレス      「目的因、どこ?」
id:こじれすぎてコジェーヴ         「承認は今日中に」

掲示板は親切だが、誠実ではない。親切はフォームに収まるが、誠実はいつもフォームをはみ出す。橋本は「誠実は制度の盲点に宿る」と貼り紙を増やした。書体は明朝。盲点まで明朝にする必要はないのに。


3. 二日目・朝「落とし物センター」

二日目、窓口は落とし物センターになっていた。届けられたのは、

  • プライド(多め)。紙袋入り。「間違えて多めに持ってきてしまった」とメモ添付。

  • 引用符の片方。しばらく泣いたあと、笑う。

  • 締切に間に合わなかった比喩。息切れしている。

返品可否の表を作る。

品目 返品 交換 誤配
プライド(多め) 不可 可(謙虚コインに両替)
引用符の片方 不可 可(括弧)
間に合わなかった比喩 不可 不可 可(誰かの遅刻へ)

橋本は会計士のような顔をしてハンコを押す。私は宛先を考える。誤配先は、相手がまだ知らない相手であるのが望ましい。知らないうちに助けられることを、人はだいたい忘れない。


4. 二日目・午後「誤配の練習」

午後、一年生が来た。ノートを胸に抱えている。「書けないんです」と言った。

「どのくらい?」

「ノート二冊ぶん、真っ白です」

橋本は『誤配箱』から「間に合わなかった比喩」を取り出し、封筒に入れた。私は宛先を自分にした。明日の私へ。未完成は、明日の私にだけ届く郵便だ。

一年生は帰り際に、貼り紙をじっと見た。「誠意は返品不可」。

「なんで、誠意だけ?」

「返品すると、誠意じゃなくなるから」と私は言った。言葉にしてはじめてわかることがある。言葉にしたからこそわからなくなることも、同じくらいある。


5. 三日目・朝「形式の盲点」

三日目、大学はさらに静かになった。ロビーの時計は止まったまま動いて見える。橋本は突然、看板の裏を指さす。「裏側も使おう」

看板の裏は真っ白だった。私は黒マジックを握った。

【誤配ポスト】
ここに入れたものは、あなたではない誰かに届きます。
ただし、攻撃と、復讐と、正しさの独占は投函禁止。

誤配は贈与の親戚だ。贈与は偽名で届くときに、いちばん効く。名前がないと、礼も要らないからだ。


6. 三日目・午後「連休の終わり方」

最後の来訪者は、ホンすけだった。手には分厚い一冊。

「三ミリ卒業しました」

「それは?」

「読み終えられない本です。返品したいほど、好きになった」

私たちは笑った。誤配先は決めなかった。読み終えられない本は、いつだって自分宛てだ。

掲示板には新しいスレッドが立っていた。

id:世界愛してもいいですか  「Amor Mundiに午後はありますか」

ある、と思う。午後はどこにでもある。午後とは、朝の誤配が夕方の贈与になるまでの時間のことだ。


7. 後口上

三連休が終わる。看板を片づけようとして、橋本が裏側を指さす。「このままにしておこう。盲点は、残しておくものだから」

私はうなずき、但し書きを小さく書き足した。

但し書き:誠意は返品不可、愛もまた同様。
追記:退屈も返品不可。ただし、誤配はいつでも可能。

帰り道、私はノートを開く。白紙の見開きは、宛名のない手紙に似ている。私は名前を書かずに、書き始めた。

 




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