2042年、日本。憲法改正により、投票制度が歴史的転換を迎えた。18〜35歳の若者は一人あたり10票を持ち、65歳以上は1票のみとなった。理由は、「未来を生きる世代に政治の選択権を重く与えるべき」という国民投票の結果だった。
若者たちは喜び、SNSは「俺たちの時代が来た」「もう年寄りの顔色をうかがわなくていい」と祝杯で溢れた。
だが、その「勝利」は、静かに社会の骨を軋ませ始めていた。
初めての加重選挙で圧勝したのは、35歳以下の若手議員たちを中心とする新政党「未来主義(ネオ・プログレス)党」だった。
彼らは目を見張るスピードで政策を断行した。
- 年金支給の大幅な削減
- 高齢者医療費の自己負担増
- 高齢者福祉施設の統廃合
- 高齢者の運転免許即時返納
- 「若年世代優遇税制」の導入
高齢者たちは抵抗の声を上げようとしたが、その声は政治に届かなかった。選挙では1票しか持たない彼らの意見は、「ノイズ」として切り捨てられたのだ。
街では老人への暴言や排斥が日常となり、「老害狩り」と呼ばれる軽犯罪が横行した。ニュースは沈黙し、ネットは喝采した。
次の選挙を前に、新たなビジネスが誕生した。「票の買収」である。10票持つ若者に、企業や団体が裏で金を渡し、まとめて特定候補に投票させるのだ。
大学生の間では「1票=5000円」が相場となり、「投票パス(売却済みの証拠)」をSNSで自慢する者もいた。
政府は黙認した。票の偏りが、自らを政権に居座らせる最大の武器だからだ。
やがて人口の逆転が起こった。少子化の進行とともに、若者の数は激減した。
だが制度は変わらなかった。少数の若者が圧倒的な票数を持ち続け、多数の高齢者は無力だった。
皮肉にも、「未来を託すはずだった若者」は国家の命運を握った少数エリートと化し、自らの利益しか見ない存在になっていた。
残された高齢者はこう呼ばれた——「無投票階級」。
2049年冬。年金受給停止が発表されたその日、東京・大阪・福岡の街で暴動が発生した。高齢者たちが武装し、福祉センターや議員会館を襲撃したのだ。
テレビは映さなかった。だが、地下SNSで配信された映像には、ひとりの老人が叫ぶ姿が映っていた。
「命の重さに年齢差はない! 私たちは、もう『国民』じゃないのか!」
暴動は数日で鎮圧された。老人たちは「国家転覆罪」で終身刑となった。
2052年。国家は静かだった。若者も年をとった。かつて10票を誇った彼らが、65歳の誕生日を迎えるたびに、1票となって政治から遠ざかった。
そして今、彼らは知る。あの日自分たちが望んだ制度が、何をもたらしたのかを。
かつての叫びが、彼らの内側で蘇る。
「未来は、若さのためにあるんじゃない。すべての命のためにある。」
だがもう遅かった。投票所の前に立った彼は、1票を手にして、ただ空を見上げた。
空は、痛いほど青かった。