カップ焼きそばが、無性に食べたくなって
約1年ぶりに、腕によりをかけて
製作を開始しましたが、序盤で手順を間違い、
真っ先に焼きそばソース粉末を「ドバッ」と
豪快に入れてしまいました。
焼きそば風味ラーメンにして食べたナゲーです。
ということで、劣化してきたナゲーブログ
本日も進めて参ります。
今回は、出し惜しみするオヤジカメラ汚写真からのご紹介です。

おそらく、1982年4月頃。
今では、なんの変哲もない「117系」です。が、
この年に、満を持してピカピカ新車鮮烈デビュー。
岐阜~豊橋間でおそらくシェア90%以上を占めていた
(ナゲーも会社でビラばらまいて、宣戦布告しようかな)
関西地区に続いて投入された「117系」を戦力に投入。
「東海ライナー」と命名して、
列車本数も1時間当たり、快速2普通2に増発。

オヤジと撮影に行って、毎度イヤだったのがコレ。
「電車の横に立て!」と言われ、渋々立たされるナゲー。
(家庭内暴力ですよね!)
しかも、チョー怒派手なグリーンのジャージ。
(これでナゲーは、緑色好きに洗脳されました)
こんなの着てるヤツ居なかったって!
オヤジがジャージ着てたからなぁ。
強制着用ってヤツで。
「電車だけで撮って」と言うと、オヤジはチョー不機嫌に。
そんなことは、横へどけといて、

その留置線がホーム先端部まで来ていました。
階段が付いていて、当時の風潮通り
降りてもダレも注意しない、ノンビリ時代。
国鉄・117系にちょっとだけ肝を冷やしたか、
名鉄さんも看板車両「パノラマカー7000系」を大幅リニューアル。
座席は、もっと柔らかくした転換クロスシートに、
ヘッド部分には白い枕カバーをつけ豪華に、
通路には絨毯を敷き、
車掌さんには、アコガレの女性車掌「パノラマメイツ」を起用、
※ 男性車掌とペアでしたので、車内改札に男性が来るときもあり
かなり苦情が出たようです。みんな変態ですね。
一般列車との差別化を進め、国鉄に報復攻撃を仕掛けました。
写真は初期形改造車で、種別表示は「回・特」のみ。
外してひっくり返す方式で、現場の社員に嫌がられ、
後期形改造車はパタパタめくる方式に変更。
座席も体にフィットするタイプに交換、公衆電話も設置されました。

「電車だけ撮って」と反抗して言った将来チョイグレナゲー。、
こっそりフレームにナゲーを入れやがったオヤジ。
潜伏アジトが近所でしたので、ジョリッパ履き。
ナゲーの息子と行くときは、
「一緒に撮るか?」と聞いてから撮る事にしたナゲー。
親子間の悪しき連鎖は、ナゲーの代で断たれました。
当時の座席指定料金は、¥200だったかな?
全く記憶にないので、そのスジに詳しい方にお譲りしますが、
運賃を足すと、岐阜~名古屋間は国鉄より少し高くなった気が。
それでも、本数は圧倒的大差。
(白帯車は絶対数が少なかったので、なかなか当たりませんでした)
駅の立地も、名鉄さんの方が地域の中心部に。
国鉄に勝ち目もなく、敗北したままJR東海へ転換となりました。
その後、JR東海さんの激しい増発攻撃と、名鉄さんの運賃値上げで、
名鉄さんは岐阜~名古屋間のお客さんを一気に奪われ、
シェア争いに、終止符が打たれました。現在は、
名鉄さんはきめ細かい地域密着形に方針転換、
JRさんは都市間輸送を主にして、
補い合いながら協調して、東海地方のクルマ社会と対決しています。
(ア~、なんて良い話しなんだ!天下不武を目指すナゲーです。織田信ナゲか?)

天下不武を目指してむしゃぶりつく、小まるちゃん。
今日はこの辺りで失礼します。