ようやく、コロナ太りにも
終止符が打たれようとしています。
多くの飲食店が、持ち帰りメニューを
充実させた結果、まんまとその戦略に引っかかり、
ナゲーの中性脂肪が急上昇。
(ナゲーとしては、忠誠志望なんですけど?誰に?)
毎月通っている、晋三の・・・じゃなかった、
(変換すると、最初にこれが出るようになってる)
心臓の先生から、「ちょっとヤバイヨ」と言われ、
テイクアウトを食べ過ぎた事による、コロナ食害と断定。
あまりの安さと、美味しさに逆恨み。
このままだと、あの世にテイクオフするナゲーです。
(たぶん、重たくて飛べないから)
ということで、異常に軽いナゲーブログ
本日も進めて参ります。
追憶のED62形、最後となる今回は
ED62形は、JR貨物さん所属の機関車でしたが、
どこで保守をやってたんでしょうね?
伊那松島駅へ行けば、カチッと撮れるかなと想像して、
帰り道に寄ってみようと考えました。
ナゲーはいつも、ダメもと精神論者。
あたって砕けた失敗人間ですので、
どうせなら、車庫内で撮影できないか、
お仕事の邪魔を承知の上で、
事務所へ行ってみることにしました。
1994年11月19日。

陽もかなり傾いてきた頃、正門前に到着。
現・ナゲー国女王陛下と2人で、2階の事務所へ。
ここからは、ナゲーの記憶を元に会話再現。
ナゲー 「失礼します」
社員さん 「何かご用ですか?」
ナゲー 「岐阜から来たんですけど、よろしかったらED62形の写真を
撮らせて頂けたらと思いまして。」
社員さん 「見学って事?」
ナゲー 「いえ、撮影だけでいいので」
社員さん 「いいよ!、そこにある名簿に名前書いて下さい」
ナゲー 「ゑッ? 良いんですか?」
社員さん 「イイヨ!ヘルメットだけは被ってね」
ナゲー 「アリガトウゴザイマス!!!!!」
社員さん 「岐阜から来たの~?長野、いいとこでしょ?」
ナゲー 「長野、すごくイイトコです!」
社員さん 「動く電車だけ気を付けて、自由に見てって下さい」
奇跡が起きました!絶対断られると思ってました!
心の中で、涙がチョチョギレルナゲーでした。
ってなワケで、2人ともヘルメットを貸してもらい、イザ構内へ!

目に飛び込んできたのは、コレ!
JR東海さん 「クモハ12041号」
詳しい解説は、ネットに譲りますが、
昭和2年に誕生した、省線電車。
現在の京浜東北線で活躍後、
事業用車(お客さんは乗れない車両)として改造
「クモヤ22112」となって、JR東海さんの車両工場で
入れ換えをやっていました。
その後、飯田線で様々な鉄道イベント開催のために
JR東海さんが、旅客用に再改造。
「元祖ゲタ電号」として、2002年まで活躍しました。
リニア・鉄道館で保存されております。
ウハウハ状態で、構内をうろつきます。

ED62形も、ゴロゴロ居ました。
パンタグラフが下がっているので、
寝ている状態ですが、間近で見られて昇天しました。
せっかくなので、女王陛下と記念撮影。

三脚も立て放題!
職員さんの同行も無かったので、
ホントに自由に撮影させて頂きました!
感謝しても、しきれないほどです。
のちの女王陛下も、実際の車庫は初めてだったので
少しだけ、笑顔になって頂けました。
もう1両、ラッキーだったのがこの機関車。

「EF58形157号機・直流電気機関車」
初期車は1946年から、デッキ付き凸型として製造。
途中中断があって、1952年から再製造。
この形になって、全国を走りました。
2008年に廃車、茶色に塗り替えられ
こちらも、リニア・鉄道館に保存されています。
パンタグラフを上げていたので、発車準備中。

女王陛下をほかっといて、撮影に夢中のナゲー。
最悪ですね。よく振られずに現在まで来てますわ。

といっても、そんなに広大な車庫でも無いので、
一通り30分くらいで、撮影できました。
最後に、職員さんが出てきて、
「写真撮ったろか?(岐阜弁にすると)」と
言って下さったので、お言葉に甘えて。

飯田線のヌシ、119系の前で記念撮影。
社員ぽく、アゴヒモ締めて!と言われましたので。
(ナゲーの服装は気にしないで下さい)
ED62形ナゲラッチの行程、
最後の最後で、サプライズ体験させて頂きました、
当時の伊那松島運輸区の皆様に
この場を借りて、厚く御礼申し上げます。
ホントにありがとうございました!いい思い出になりました。
追憶のED62形ナゲラッチ、終了です!

アンタ、誰?
今日はこの辺りで失礼します。