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東京国立博物館「浮世絵現代」からの東京都美術館「ミロ展」

梅雨に入ったんじゃないかくらい梅雨の匂いのする朝だ。街を西に向かって歩いていく。知ってるカフェがしまっていて、調べると近場ではあるけれどもうちょっとよい場所へ移転したそうだ。あのカフェ、マスターいつも店で寝てたけど命縮んでるよななんて思い出しながら歩いた。

犬が前から来る。ノーフォーク・テリアだ。ノーフォーク・テリアはわたしたちが次に飼う第一候補の犬で、小さく骨太な短い足に少し長めの胴体、ゴワゴワした毛質が特徴だ。かわいい。街を歩いているとたまにいる。そんなにはいない。

みんなの犬図鑑 - ノーフォークテリア

さてそれにしても、歩いて上野へ行ける素晴らしい立地に起居しており、つまり歩いて上野に行くことが多い。とくに上野は、東京国立博物館国立科学博物館国立西洋美術館東京都美術館上野の森美術館が揃っており、暇な休日を過ごすのにうってつけの土地なのだ。

ということで本日も上野へ。もうすぐ会期が終わる二つの展示を一遍に回る。

一個目。東京国立博物館「浮世絵現代」という展示。

トーハクは今蔦屋重三郎の展示で賑わっており、大変な人出だ。みんな大河ドラマ観てるんだなとか素朴に感心する。わたしも観ている。台東区が舞台だからだ。

でそんなたくさんの人が「平成館」で並んでいるのを横目に見つつ、手前の「表敬館」へ。人はほとんどいない、というと少し大袈裟だが、うーん、あー!、ちょっといるって感じ。

最初に、名だたる漫画家の原画を元に彫って刷った版画がずらりと並ぶ。こちらは安野モヨコさくらん

池田理代子のベルばら。

などなどから始まるこの展示。ワクワク感が止まらなかった。

こうしたいわゆる「版画」って感じの作品もあれば、

こういうかわいい優しい雰囲気の作品もある。この作者は、独学で絵を始めた人で、筆を使わずに自分の指に絵の具をつけて作品を作る。それでそれを版画にしたのがこれ。原画の多分すごい再現度に、「版画ってやばくない?」と思わされる。

これもなんか版画っぽい。

しかし印刷技術が進み、どんな作品でも技術的に可能になってきたような現代において、版画の意味って「版画が好き」以外にあるのかねと思いながら見ていたら、「できるだけ人間の手でやること」に意味を見出している人の映像があって、やっぱ「版画が好き」ってことなんだなという結論に至った。そしてその「好き」は大事だし、芸術ってそういうところから生まれると思うし、なんなら自分も版画やりたいって思ったけど、普通にご家庭でできるご趣味じゃないので諦めた。

そういうことで、とても楽しいワクワクする展示だった。あ、最後に、これ誰の作品か分かるか見てほしい。分かると思う。

あ普通にタイトルついてるじゃん、写真に笑

そう、草間彌生の作品。草間彌生のこの富士の絵は7作くらいあって、そのすべての絵にこうした水玉(草間彌生だからね)がぶわあああああってあって、これを彫るのがすごく大変だったらしい。原画はこの6倍の大きさの巨大な絵で、工房でできる最大の大きさがこの作品……って写真じゃわからないか。

この水玉全部彫るの気がおかしくなりそうって、切り絵をやる身としては分かる。仕事とはいえ辛かっただろうなと彫り氏に思いを馳せつつ。

こちらの「浮世絵現代」は6月15日までなので急いで行ってください。

www.tnm.jp

さて、そうして少し歩いて同じ上野公園内にある東京都美術館へ「ミロ展」を観に行く。

こちらは写真は禁止だったが、都美は展示スペースが広く、休日は時間制チケットなので混雑もそれほどなく、「人がいるけどいっぱいじゃない」という美術館、博物館にうってつけの人数感で鑑賞することができた。

ミロは抽象画の巨匠だが、もともとは薬局で会計事務を行なっていたらしい。しかし限界に達し「囚人のようだ」と語り父親に「画家に専念します」と宣言し、専業画家になった。

ミロの抽象画はきわめてプリミティブな表現を目指していると感じた。たとえばこちらの絵のような感じ(写真NGなのでポストカードです)

これは「太陽の前の女と鳥」というタイトルの絵で、1943年戦時下に描かれた闇属性の作品だ。子供の落書きのような人物画と鳥、そして歪に丸い太陽と黒い不穏な空。

戦時中のミロの作品は、暗い作風のものが多い。「ああ辛いって言えない人の辛さってこういう感じだよな」とか思いながら鑑賞した。「ああ苦しかったんだなあ」って率直に思った。

それにしても画家って、戦時中どこかの国に逃げたり国内にいても疎開して絵を書き続けてる人が多いんだけど、どうしてなんだろう。戦争に取られなかったんだろうかとか思わなくも無いんだけど、ミロは1889年くらいの生まれだったはずだから、すでに軍人として徴兵される年齢を越えていたのかという結論に至らせた。

さて、ミロがすごいのは、すでに地位を獲得しているにも関わらず、若い芸術家の作品に触れ、触発され、新たな表現を追い求め続けたことだと思う。そのせいで、後期のミロは、絵の具のついたボールを投げつけ、筆で絵の具をぶちまけ、カンヴァスを破り、燃やし……と芸術を爆発させまくった。プリミティブな表現をしようとしたこと、芸術を爆発させまくったことから、岡本太郎とちょっと近いのかなと思ったんだけど、ネッツで検索してみたら同じ感想を持ってる人もいるみたいだった。

爆発した芸術の最たる奴。

もう一個気に入ってポストカードを買った作品も載せておく。

「絵画=詩<栗毛の彼女を愛する幸せ>」という多幸感に満ちた作品だ。よい。

あらゆる作家、画家、芸術家に、おそらく闇の想像力と光の想像力があると思っていて、その変遷をたどるとすごく楽しい気持ちになるのでおすすめだ。

こちらの「ミロ展」は7月6日までなので少し急いで行ってください。

miro2025.exhibit.jp

都美は次の展示ゴッホですよ、奥さん。混雑必至。

ということで、博物館と美術館をハシゴした回を終わる。ご精読ありがとうございました。




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