
モンゴル軍を撃退した功労者は誰?
神仏の御加護か武士団の頑張りか?
事実と史実は実は違う?

歴史と文学の境目は案外曖昧で・・・
政治や宗教などのバイアスがあるのが歴史。
「史料批判」が必要なのはその為!

神道文化学部だけでなく考古学、特に水中考古学の分野では知る人ぞ知る存在 d(^_^o)
と言うことで、特別展「文永の役750年 Part1」に続きPart2にやって来ました!

その前に腹ごしらえ (^。^)
博物館と同じ学術メディアセンター1階にある「カフェラウンジ若木が丘」で少し遅めのランチをします。

学生証を提示すると値引きしてくれる様ですが、運転免許とマイナカードしかないので600円!
博物館は無料ですが (^.^)v

蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)は、肥後の御家人竹崎季長が自らの武勇伝を描かせたもの!
国宝に指定されていますが後世の加筆、改竄、編纂があったとする説もあります!

今回の企画は約50例ある模写本の中から、熊本県菊池神社と埼玉県根岸家に伝わる模写本を比較してみるという試み!
模写本とはいえ預かり物なので撮影不可!
これならギリギリセーフ?m(^_^;)m
元は絵と詞がバラバラでしたが・・・
細川藩が巻物にして江戸に持ち込み、多くの模写本が誕生。
模写本だけでなく、国宝の元本にも後世の加筆があるかも (・_・)エッ

ドラを叩いて水手 (かこ) に指図する兵士。
戦闘中にこんなシーンを目撃出来たのか?
もしかして・・・絵を描いたのは捕虜?

水中から発見された鉄兜。
絵と似てますか?

こちらはモンゴル軍の新兵器てつはう!
どうやって投げたか謎とされていますが、戦国時代の焙烙玉(ほうろくたま)と同じものかも?

暴風雨は自然現象だと思いますが、加持祈祷を行なった寺社は「神風」と主張しその神威を広める為「八幡愚童訓」の様な霊験譚が生まれました。
歴史書ではなく、霊験譚!
神話や伝説が全くの創作とは思いませんが・・・
事実と願望と暗喩の産物と考えています。

モンゴル系中国人学者が日本の中学校の歴史教科書を比較研究!
※ 論文は2010年のもの
東京書籍、大阪書籍、教育出版以外の5社は、文永の役の時も神風が吹いたと記していますが、モンゴル側の史料はもとより、八幡愚童訓にもその様な記述はありません。
明治大正時代の教科書にもなく、神風が吹くのは昭和18年から!
戦意高揚の為、文永の役の時にも暴風雨が起きた事にして「神国日本」を強調!
二度ある事は、必ず三度ある!
こうして「神風特攻隊」が誕生したのでは?
因みに古気候学や歴史気象学によると・・・
文永の役当日の天気は晴れ!
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2009/2009_11_0071.pdf