
実は私、DeNAの大株主 (^_^)v
嘘じゃありません!
ホラです ( ̄▽ ̄)

今日はベイスターズ2軍のホームタウンを視察 ^_^
横須賀スタジアムの地下から発掘された
鉈切(なたぎり)遺跡と・・・

中臣(藤原)氏の遠祖で、亀卜(亀の甲羅を焼いて吉凶を占う)を日本に伝えた、中臣烏賊津使主(なかとみのいかつおみ)
通称「雷大臣」と・・・

歌川広重の金沢八景「野島夕照」の題材となった、
野島からの景観をご紹介します。
「追浜」と書いて「おっぱま」と読みます。

緊急事態宣言が解除され、練習見学が再開された筈ですが、選手は屋内練習場か?
昔、イースタンの試合で調整登板する大谷選手を観た事があります。
二軍の試合、しみじみ観られて結構好きです(* ̄ー ̄*)
ここから古墳時代の祭祀遺跡「鉈切(なたぎり)遺跡」が発見されましたが、遺物は現在「横須賀市自然・人文博物館」に所蔵されているようです。

日本列島では、弥生時代から鹿の肩甲骨を焼いて吉凶を占う「太占(フトマニ) 」が行われていましたが、古墳時代にウミガメの甲羅を焼く「亀卜 (きぼく) 」が導入され、主流となります。

亀卜が行われたのはごく限られた地域!
亀卜の遺跡は全国でわずか6カ所 (・_・)エッ

個人的にはどこでも構いませんが、鹿島説によると鎌足は中臣の分家筋で、鹿島神宮に仕える卜部(占い師)の出身だそうです。

中臣(藤原)氏の遠祖、中臣烏賊津使主は神功皇后の三韓征伐に従軍しますが、対馬の「雷神社」の伝承によると、そのまま対馬に邸宅をかまえて朝鮮からの入貢を掌り、対島に亀卜の術を伝えたそうです。

三浦半島の縄文時代の貝塚からは、大量のハマグリが出土しますが、亀卜遺跡からは大量のアワビが出土します。

平安時代、朝廷に仕える卜部は対馬から10名、壱岐から5名、伊豆から5名、亀卜の術に優れた者が選任されていました。

平安時代初期「壬生(みぶ)一族」が伊豆の三宅島に集団移住。
壬生一族は亀卜の術を修めた「卜部」だったようです。

古代「祭政一致」は当たり前でしたし、占い師はやり方次第で権力者を自由に操る事ができたのでは?