カナリヤです。サガフロ2リマスター 追加要素に思いを馳せる。その2(終)は追加シナリオについてです。前回はこちら。
思った以上に長くなってしまいました。ネタバレ全開ですし、そもそも前提知識が必須のためサガフロ2未プレイの方はスルー推奨です。
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今回はライブレポに似た何かの2本立て+αでお送りします。7月は出不精な僕にしては珍しく2週続けてライブに行ってしまったものだから完全にサイクルが乱された感がありましたね。時間の確保が大変で珍しく「料理面倒くさいな…」って感じてしまいました。余裕って大事だ(格言)。
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あと愚痴。
5月も終盤ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。東北の片田舎である我が地方は今月中旬に最高気温29℃を記録していました。まったく、令和ちゃんはいつまでたっても落ち着かないんだから。いよいよ夏の足音が聞こえてきました。 嫌だなぁと思いつつ、そろそろ青梅の季節。去年味わったあの美味しい梅シロップジュースを作れるんだなぁとワクワクする気持ちも在りつつの複雑な感情がいま僕の胸に去来しております。
2024年10月発表。「ありたさき」と読む模様。宅録特有のチープな音質、気怠げでハスキーな声質、日常の延長線上を思わせる楽曲の雰囲気すべてがローファイなループ音と実にマッチしている。この情緒感はまるで初期の椎名林檎のよう。
デイ・ドリーム・ビリーバーの歌詞の一節や幽遊白書やHUNTER×HUNTERといった、世代問わずDNAに組み込まれているかのような懐かしさと親しみやすさが滲み出た言葉が突然ポッと出てきたりする、この言葉選びがなんとも言えない現実感あって非常に気に入っている。こういう表現が相応しいかは分からないが、今手が届く範囲で最高のアルバムを生み出そうという気概を感じるというか、彼女の見る独特の狭い世界のなかでミチミチに感情が詰まっているのを感じてしまう。初っ端のリードトラック「今時の女は拳銃を以って」のポップな印象はその後の曲を聴いていくに連れキャッチーさを増していくものの、ではそのまま突き進むのかと思えばジャズやブルースといったムーディーなジャンルだってなんなくこなしてしまう。そんな彼女のポテンシャルを堂々と見せつけて来る。スッと染み入る彼女のふとした吐露は決して新しくはない。ただどこかのタイミングで共感してしまうだけ。仄かな懐かしさとアングラさと、僕らの日常とが重なり合う楽曲はあまりにも自然に歌うものだから余計に詩情に訴えてくるのだ。
彼女を知ったのは去年の話ではあるが、半年以上経っても思い出したようにふと聴きたくなるこの普遍性。褒め言葉に聞こえないだろうけど、なんだかハンディカメラで撮られたような安っぽいMVがよく似合いそう。酒の入ったグラスを傾けながら彼女の弾き語りに聴き入り、支離滅裂でも率直で何故かリアル感ある生活の描写に共感を覚えては自身を省みて、そしてまたグラスを傾けたい。
今月になって発表された新譜「鯨」も非常に良い。本作に負けないくらい遊んでいて、今を生きる若者の「揺らぎ」がそこにはある。
もっと知られていい存在だと思う。
彼らの今の集大成。理路整然としたシステマチックな1時間もいいものだけど、無軌道な1時間もいいものだ。彼らはずうっとそうしてきた。まるで深夜に書いたラブレターのようだけど、僕のなかで5年の歳月を経て甦ったこの衝動を余すところなく文章に出来てよかった。
ここ数年の僕の音楽的嗜好はどうやら明確な「何か」を求めているらしい。許容できる範囲が以前よりずっと狭くなった気がする。それが深度も合わせてのものなのかは分からない。言語化を試みようとするならば「僕自身を覆い隠すように、打ちのめすように、そして纏わりつくように無視できないもの」といったところか。
それは例えれば濁流のような暴力と川面に映る緩やかなせせらぎとを抱き合わせたシューゲイズであったり、静と動の間で揺れ動く耽美さとそれらを容赦なく破壊する混沌とを掛け合わせたような退廃的な美しさであったりと実に様々な形をしている。似たジャンルならば合致するのかと思いきやそこから一歩でもズレると途端に「違うもの」と判定してしまうのが厄介極まりない。もっと単純ならこの旅路はもっともっと幸せなものだったのだろうか、いやそれとも右往左往する今がまさに幸福なのだろうか。そしてこの「Perverts」のようなダークアンビエントの結実とも思えるただただ鬱屈とした「根源的恐怖」が、僕にとっては「何か」に当たるらしい。
ここ数年でホラー映画を観る機会が増えた、ということも関係があるだろうか。今まで一切観てこなかったことを思えばはなはだ驚愕ものだ。幼い時分から作られた人為的なサスペンスは受け入れられても、作られたなんでもありな恐怖は受け入れられなかった僕にとってそれは大きな変化と言える。
僕にとって「ただただ趣味の悪い恐怖映像」を押し付けてくるだけだったホラーというジャンルを楽しめるようになったのは、このジャンルが「あくまでも日常の延長線上に視覚的、聴覚的に恐怖という感情が発生する要素が蔓延っているという事を演出している」ことに今更ながらに気がついたからかもしれない。恐怖という感情を抱くのも、忌避するのも、生み出してしまうのも、すべてはその人の想像力がそうさせる。「Perverts」における誰かが僕の背中をそっと撫でつけ、常に纏わりついて離さない気持ち悪さ。これは僕の鏡だ。この生理的に受け付けない感情の発露を促す様は僕にとって極上のホラー映画のようだった。
Ethel Cain(エサル・ケイン)の名義で知られるHayden Silas Anhedönia(ヘイデン・サイラス・アンヘドニア)のスタジオ作品である本作にはドローンと幽鬼的なボーカル、ローファイなピアノが非常に特徴的な実験的音楽が満ちている。道標のない暗い暗い森のなか、こちらへどうぞと誘い込むようなエサル・ケインの柔らかく慈愛に満ちたボーカルは破滅への一歩だとわかっていながら進まざるを得ない危うい魅力に富んでいる。常世のモノが現世の人間を少しずつ闇しかない世界へ引きずり込む。けれどそれを阻むものもまたエサル・ケインなのだと思う。重く暗く響くドローンの旋律は止まず、壊れたテープのように「I Love You…」とくぐもった声で囁く妄執はきっといとしの君には届かない。その目を背けたくなる陰欝さはそれが決して居心地の良い世界ではないことを暗に示してくれている。本作が陶酔を是とするものと捉えられることをエサル・ケイン自身が阻んでいるのではないか。
とある映画を思い出す。自身のアイデンティティを失った男が自分にとって都合の良い、居心地の良い世界を作り上げながら、その出来すぎた幸福を真に受け入れられず苦しく醜い現実に回帰する話。
僕が音楽を聴く理由のひとつは音楽が外と繋がっているからだ。そして生きていくには内側だけでなく外と繋がらざるを得ないからだ。その外という世界を少しでもマシな世界だと思いたいがために、僕は僕ではない誰かの描く美しくも醜い世界を好意的に解釈し覗いて悦に浸りたい。「Perverts」はその甘美な在り様だけが世界の真実ではなく、それを受け入れてはいけないと作品自体が警告音を鳴らすが故に癖になる心地よさと突き放すような気持ち悪さを共存させている。
僕らが戦う場所は、残念ながら現実だ。そしてそれは苦々しくも僕ら自身が知らず知らずのうちにどこかで望んだことでもある。
気付けば今年ももう6月ですか。本当はもう少し早く出したかったですが飲み込むのに時間がかかってしまいました。まぁ無理をしても仕方がありません。現実を直視しながら好きなことだけして暮らしていくのは難しい。ペースはだいぶ遅いですが、それでもどうにか日々を楽しもうとしていることは賞賛に値する、と自分自身を誇りに思い生きていきましょう。さて、待ちに待ったキノコ頭の新譜でも聴いてみますか。というかトリビュートってなんだよ聞いてないよすげえ楽しみだよこの野郎。
それではまた。
カナリヤです。今回は「アイキス」について愚痴ります。普段の日常報告シリーズのまとめではなく個別タイトルで書くのは久しぶりですが、それが愚痴愚痴言う記事になるとは思いもしませんでした。燻った気持ちは別で処理したいなって。
作品の致命的なネタバレは書いていませんが、作品構成については触れていますので気になる方はスルー推奨です。
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