先輩に勧められたことをきっかけに運動を始めた。運動というにはおおげさすぎるかもしれない。ただ、私はただ、退屈さを感じながらエアロバイクを漕いでいるだけだから。
部屋は無音だった。最近のエアロバイクは駆動音が全くない。私はペダルを回転させ続けている。負荷によって鈍った身体が軋むような音が聴こえたとき、ふと気づく。欲望、アイディアが全く湧かないこと。もしかして――――落ちてる。それを自覚してから気分はどん底まで落ちていった。最悪な気分だ。もはや、世界は、それまであった鮮やかさすら失ってしまったように見える。
運動を終えて、机に戻り、椅子に座る。眼の前に置いてある「躁」と書かれたパネルをひっくり返して「鬱」のパネルにする。
「躁」と「鬱」どちらの文字も私にとって最悪な状態を意味する文字だった。
パネルは「鬱」を示している。最悪。最悪だった。
こんな気分のときには本当はなにもしないほうがいいことは知っているが――できない。自然にしていられない。どうしても、自分の人生は終わってると考えてしまう。それを何度も反芻してしまう。
そんな調子なので持ち前のポジティブさを発揮して仮説を立てることにした。いや、むしろ、人生は始まってるかもしれないのだと。必死にそう考えるようにした。でも、本心は私の人生はまだ始まっていないと自覚していたから――でも、少し冷静になれた。自分を客観視するようにした。
稼ぎや対価を得たい。そして周囲を安心させたい。しかし、それは今の私にとって無謀なこと。焦ってそれを実行しても身体が保たないとわかっている。先輩は「運動しようよ」と言った。私はその時、先輩の言う通りだと思った。先輩は「私を早く安心させてください」とも言った。私はその時、先輩の言う通りだと思った。
焦り。不安。鬱。気分は最悪。それでも、少しでもいいから誰かを安心させられるようなことをしたい。例え、世界から色彩が失われてしまったような気分だったとしても、運動くらいは続けていきたい。