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韓国済州島への旅 物価高の日本に憂う

30日(火)27日(土)から29日(月)まで、済州島に出かけていた。ケープタウンで暮らす友人がソウルで会議があり、そのあと済州島に来るというので、合流した。友人とその友人は大学時代からの友であり、同じ仕事をしている。その人とは、以前に私はケープタウンで会ったことがあった。少しづつ記憶が戻ってきた。関空からの出発時間がかなり遅れたが、何とか空港バスにでホテルまで1時間50分ほどかかったが、初めての土地だったので、道中の景色に見入っていた。想像以上に大きな島だった。島全体が、火山なので、昔は流刑地として知られた。玄武岩質の溶岩が島の至る所にあり、家の周りはその石たちが積み上げられていた。最初の日はあいにくの小降りの雨で、漢拏山は雲に隠れていたが、翌日には運よく見ることができた。想像以上の高い山だった。

 翌日は友人が一日タクシーを貸切り、島の西側を回った。城邑民族村で「マダン劇」を見た。京都では在日韓国人たちの「マダン劇」を見たことがあったが、韓国で実際の広場で「マダン劇」が演じられているのを見るのは初めてだった。「600年の歴史ー1千年の未来  伝統と文化が息づく」の登り棒があった。農民は、柿渋で染めた木綿の労働服を着ていた。韓ドラでも、宮中で働く人たちが、階級によって色分けされ、厳格な身分制度が定着していた。日々の暮らしの服と、晴れの日の衣装などとは厳格に区別されていたのだろう。広場に集まってきて、日々の問題を議論しているようにも見えた。共同で農作業を行い、収穫物は税金として納められた。まるで農奴のごとくの生活だったと表現しているのはわかった。暮らしは共同体であったことが救いだったのだろうが、それでも苦しかったことを表現しているように思えた。

 世界自然遺産の城山日出峰にも出かけた。崖の下の海の方で海女のショーがあった。私は長い階段を降りてゆく元気がなく、二人の友人を上で待つことに。山が海に迫る素晴らしい景色をずっと眺めていた。

       

街のあちこちで見かけた石像は、済州島の守り神で、「トルハルバン」。魔除けや豊作を願う神。黒い火山岩で作られた石像で、大きな目、低い鼻、口を閉じた表情が特徴。

 最後に寄ったのが、「海女博物館」。済州島は火山でできた島なので、男性は漁業、女性は海女で、生業としてきた。海女の生活を歴代受け継ぐことを願った博物館だった。海女は済州島と日本にしかいないという。そして済州の海女たちは、1932年に日本の植民地支配による収奪に対して、権益保護のために韓国最大の女性抗日闘争を展開し、民族自存の歴史を刻んだと言われている。生命がけの仕事をして、生活を支えてきた。歴史の重しを体感した旅だった。

 翌日は、ホテルの横にある正房瀑布に行った。歩いて15分ほどのところにあった。自然が豊かな島だった。島は韓国最大のみかん産地で、日本から伝わった品種をもとに独自の風味をもつ。甘くて美味しいみかんを堪能した。滞在していたホテルから、12時15分発の空港バスに乗り、1時間50分ほどで空港に。関空まで1時間30分。あっという間に帰国。翌日は少し旅の疲れを感じたが、、、。

 日本は間も変わらず、自民党総裁選挙とドジャーズの大谷選手の活躍ぶりが報道されていた。その隙間に10月1日から物価がまたもや高騰。海外での円安はすごく実感した。異常な物価高に生活の先行きが暗い。医療費もグッと上がった。

 




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