あっという間に29日(金)になっていた。一週間がたった。この間、韓ドラ「トンイ」(全60話)をみ始めると、最後まで観たくなり、一日中「トンイ」を観ていた。ABEMAの無料配信で、一週間程度の期限つきだったので、ずっと観続けた。なぜ60話もあるのかと思ったほどだが。もう一方で観ている「大王世宗」は86話で、一日1話づつ、BSテレビで観ているので、まだ終わっていない。中国語でもなく、日本語でもない、ハングル文字で朝鮮語を作りたいという世宗大王の野望は明国からも朝鮮内でも反対にあう。どう表記するかは国家の存在を揺り動かすほどのことだ。大王は民衆が読める文字を作ることに生命をかけているところまできた。
一方、「トンイ」は賎民と呼ばれる奴婢で、父と兄にかけられた汚名を晴らすために、宮廷に入り、朝鮮王朝第19代王・粛宗の寵愛を受け側室となった。後の第21代王英祖の生母。完全なる「勧善懲悪」物語だった。宮廷内の政治、権力闘争と、身分を超えた「愛」の物語。「チャングムの誓い」も同じ構造だった。朝鮮王朝時代には、医女も身分が低かったことを知った。「チャングムの誓い」でも、「復讐」の物語だが、医女になったチャングムは、病人に対する態度は、身分とは関係なく、誰にも平等だった。チャングムは朝鮮王朝第11代王中宗の主治医となった。
この次見る予定「イ・サン」は、トンイの孫に当たる朝鮮王朝第22代王の物語。トンイの息子英祖は、思悼世子(サトセジャ墓誌銘)を米櫃に閉じ込め、餓死させた。この米櫃を、国立中央博物館で見たことがあったが、当時はそれほど関心がなかったが、記憶にはある。
こうして連続で韓ドラを観ていると、朝鮮国の時代背景が多少なりとも理解できるような気がする。そしてこの期に茨木のり子が50歳で、韓国語を学び、韓国現代詩の紹介にあたってきたことも知った。茨木のり子の詩集も長いこと手元に置いていたが、本を整理した時に処分したと思う。「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」は、すごくショックを受けたが、茨木のり子にとって、なぜ韓国語だったのかを知りたい。
30日(土)誘われて、「万博」に行ってきた。とにかく暑くて、汗だくだくの中、いくつかのパピリオンを見た。過去の文化遺産や現在生産されている物などを陳列する従来の展示会場もたくさんあったが、人気あるパビリオンは予約なしでは入れないし、長蛇の列に並んで待つしかない。とても体力的にはしんどいので、遠慮した。未来の通信社会はこんなふうになるだろうというNTTのパビリオンは明るい希望があった。万博が開幕して以来これまでで、一番熱い日だったのではないか。大阪でも38度だった。夏休み最後の土曜日だったので、一番大勢が押し寄せたのかもしれない。私は5時前に会場を後にしたのだが、4時頃から会場に入る人が増えていた。55年前の万博、20年前の愛知万博、それぞれに興味の持ちようが違っていた。