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岩合光昭の「ネコ歩き」写真展 韓国との出会いから

4日(日)またもや、久しぶりに大丸に出かけた。特に用はないが、何となくウィンドウ・ショッピングでもと、フラフラと出かけた。ファイテンの靴を購入した。履き心地がよく、歩き回っても疲れにくいというシンプルな靴を買った。ファイテンの本社は京都にあり、スポーツ選手たちが愛用している。今外国に本社を持つナイキやアディダスニューバランスなどの靴も円安のせいか、めちゃくちゃ値段が上がっている。ファイテンの靴は初めてだが、何となくお得感があった。履きごごちはどうだろうか。

 写真展「岩合光昭の世界のネコ歩きーヨーロッパの空の下」をやっていた。NHKの番組で何度か見たことがあるが、フランス、スペイン、イタリア等などのネコたちと風景をじっくりと見ることができた。岩合さんとネコの距離がとても近くて、ネコの目で街の様子が伝わってきた。癒された。久しぶりにのんびりとした空間だった。

5日(月)午後からは韓国語の授業だった。ハングルの読みが進んでいる。なかなかスラスラとは読めないが、ほぼ正確に読めるようになった。キーボードで、ハングルをタイプ打ちできるようになったのが良かったのかもしれない。それでも「ㅏ」と「ㅣ」を間違えることがあるが。先生は韓国から京大に留学し、10年近く京都で暮らしているので、京都で大統領選挙に投票できるという。日本で暮らしている在日韓国人で、「特別永住権」を所有している人たちでさえ、日本の選挙では投票権が与えられていない。多くの矛盾がある。いろんなことを思い出した。

 もう30年以上も前に、アフリカ文学研究会は、マダン演劇を中心とした在日韓国文化運動を推進していた梁民基さん(ウリ文化研究所)たちと文化交流をしていた。そして1992年10月30日〜11月2日「わたしたちと第三世界ーーアジア・アフリカ文学者会議」(京都精華大学)を開催した。在日の人たちが「日本語」を話すことをいいことにして、私は全く韓国語を学ばなかった。

 ずっと以前の1977年8月にケニアを訪れた時に、作家グギ・ワ・ジオンゴにナイロビ大学で出会った。その時にグギから金芝河について知りたいので資料を依頼された。アジアのことも知らないで、アフリカを理解できるのかと問われた。私の韓国との出会いはそこから始まった。だが、韓国語を真面目に学ぶことはなかった。何度か韓国語に挑戦したが、初歩の初歩の段階で挫折していた。

 冨山妙子さんとの出会いは、グギから依頼された「金芝河」の件だった。グギの戯曲『十字架の上の悪魔』は金芝河の長編詩『五賊』と関わりがあるが、その仲介役となってくれたのが、画家の冨山妙子さんだった。冨山さんのスライド『しばられた手の祈り』は金芝河を扱っていて、衝撃的だった。このスライドは京都のイタリア会館で初めて見たが、いつのことか忘れてしまった。その後も冨山さんとは何度かお会いする機会があった。冨山さんは2021年8月に99歳で亡くなられた。元同僚は今も冨山さんの遺品整理のお手伝いをしている。時々その元同僚とも韓国の話をする。1996年『ナヌムの家』上映会も関わり、ビョン・ヨンジュ監督とも出会った。松井やよりさんたちが2000年に開催した「女性国際戦犯法廷」にも参加した。2005年にはソウルで開催された「学際的国際女性学会」にも参加した。2012年には、韓国で開催された「アジア・アフリカ研究会議」にも参加した。これまでいろんな関わり方をしてきたのに、韓国語を学ばなかったことをとても残念に思う。

 今日は韓国との関わりを持った頃のことをたくさん思い出した。真面目に韓国語を学ばなければと改めて自らに言い聞かせた。




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